「……少しは落ち着いたかしら?」

 さっきまで自分の胸に顔を埋めて泣いていた刀魔に向かってシャリアが言うと、刀魔は慌てて顔を上げた。

「すまない。取り乱した」

「別に構わないわ。ただ、説明してくれるんでしょうね」

 その言葉に刀魔は複雑な顔をする。

 シャリアはこの数年間一緒に過ごした中で、一度も見せたことのない弱気な顔に罪悪感に似たものがよぎる。

「話せないことなら無理にとは言わないわ」

 シャリアはその罪悪感に似た感情に負けた。

「いや、別に話せないことじゃない。ただ……とても個人的なことなんだ」

 刀魔は近くの椅子に座り、顔を伏せる。

「俺は『ニライカナイ』にある、ムラクモと呼ばれていた企業の外れにある片田舎の村に生まれた。そこは文明から隔離された場所だった。そして俺は『村雨神塵流』といわれる武術を伝える家の長男で、弟と妹が一人ずついた。弟の名は聖刃、フィリアを殺した男だ。そして妹は鞘香といって器量のいい娘だった」

 刀魔は一言一言を噛み締めながら言葉を紡いでいく。

「その……妹さんは?」

 シャリアは答えを予想できていたが、それでも聞かずには要られなかった。

「死んだ。俺が丁度ムラクモで働いていたとき、今から5年ほど前のことだ」

 声は何の感情も含まれていない様に感じ、刀魔の顔を見ようとしたが伏せているため分からない。

「俺の親父はムラクモの社長と知り合いでな。そのつてで俺はセキュリティーサービスに勤めることになった、矢先の出来事だった」

 シャリアは、顔をあげない刀魔は実は泣いているんじゃないかと思い始めた。

「あいつはな。俺が村へ帰る日にわざわざ合わせてあの惨劇を起こしやがった。今でも鮮明に思い出せる。あの血と肉の焼ける臭い。村が焼け行く熱気。血と炎に染められた赤。そして奴は俺の目の前で鞘香を……」

 言葉を続けられなくなった刀魔は顔を上げ、シャリアを正面から見つめた。

「こんな事話したところで、お前からフィリアを奪ってしまったことが許されるわけじゃない。お前が大切な『もの』を失うことになった原因は俺にあるのだからな」

「『物』? 今、フィリアのことを『物』って言ったわね」

 刀魔の言葉がシャリアの逆鱗に触れる。

「あの子は『物』なんかじゃない!! あたしの大切な『妹』なのよ!!」

「!? すまない。そんなつもりじゃなかった」

 シャリアの迫力に押され、つい謝罪の言葉が口をついて出た。

「……ごめん。あんたがそんなつもりじゃないって分かってる」

 我に返ったシャリアはすまなそうな顔になる。

「別に気にしてない。理由も聞かない。おそらく、おいそれと話せるものではないのだろう?」

 刀魔は優しい笑みを浮かべるが、シャリアの顔は晴れない。

「俺は、その後すぐに復讐を誓った」

 シャリアの様子が晴れないのを見ると、刀魔は自分の話を続けた。

「しかしな、それを止めてくれた人がいた。それがムラクモの社長、晃一郎・叢雲(こういちろう・むらくも)だった」

 刀魔は懐かしそうな表情へと変わる。

「そして俺は、少し待つことにした」

「待つって何を?」

「俺の気持ちが変わるのを、だ」

「……そんなの、変わるわけないじゃない」

 刀魔の言葉にシャリアが苛立った様に言う。

「俺も最初はそう思ったさ。だがな、人の心は変わるものだということを散々教わった。晃一郎と雨祇(あまぎ)に……」

 刀魔の顔が複雑な表情を刻む。それは喜怒哀楽のどれにも当てはまらない。

「雨祇?」

「……俺の婚約者だ。ムラクモの跡取り娘…………お前によく似ていた」

 刀魔の表情が明らかに苦々しいものに変わった。

「徐々にだが、俺はそれでもいいと思えるようになった。俺の気持ちが変わったのが嬉しくも思えた。総ては雨祇と生きて行く為だった」

 刀魔の複雑な表情にシャリアは何も言えずにいる。

「しかし、そんな時間も一年しかもたなかった。俺の幸せを壊すために、また奴が現れた。今度はセレストの大軍を率いてな。俺一人でムラクモを守りきることは出来ず、結局は跡形もなく壊滅した。生き残ったのは俺と、俺のサポートをしていたセフィリアだけだ」

「……じゃあ、雨祇って人も……」

「死んだよ、あいつの死体だけは綺麗に残っていた。おそらく、俺に一縷の望みを残さないために、あいつの死体だけ残しておいたんだろうな」

 刀魔は自嘲気味に笑い始める。

「やっと変われたと思ったのに…………総てが無に帰した。そして俺はまた復讐鬼に戻ったってわけさ」

 刀魔の凄惨な表情にシャリアは恐怖すら覚え始めた。

「俺は自分の弱さを知った。自分がこんなにも弱い存在だったとな」

「あ、あんたのどこが弱いのよ。あんたはムラクモを壊滅させたセレストの大軍を、たった一人で滅ぼしたんでしょ」

 シャリアは恐れながらも口を開く。

「……お前は知ってるはずだ。本当の強さがそんなものじゃないことを……第一その程度、やろうと思えば誰でも出来る」

 刀魔の言葉にいつもの調子が戻ったのかと期待したが、言ってる刀魔は大真面目のようだ。

「俺は変わりかけることが出来た。しかし、結局は変われなかった。それが俺の弱さ。その弱さによって俺は奴を止めることが出来なかった。だから俺はその弱さを捨てた。変わることなく奴を止めるしかない」

 刀魔は誰に聞かせるわけではなく、自分に言い聞かせるように呟く。

 悲痛な刀魔の表情にシャリアは何も言えずにいた。

 

 

「ソフィお姉ちゃん!! お兄ちゃんの居場所が分かったよ」

 クレオはソフィの部屋へと駆け込み、息を整えることなくそう言う。

「やっぱりクアイズにいるって……? どうしたのソフィお姉ちゃん?」

 クレオはてっきり諸手を上げて喜ぶと思っていたが、あまり強いリアクションを見せないソフィに違和感を感じていた。

「別にどうもしてませんよ、クレオちゃん。クルセード様の居場所が分かったのなら、私(わたくし)も頑張らないといけませんね」

「どういうこと?」

 ソフィのよく分からない言動に、クレオが首を傾げる。

「クルセード様が帰ってこれるように、邪魔なものをお掃除するだけです」

「邪魔なものって………まさか!! 無茶だよ、そんなの。ソフィおねえちゃん一人で、ラムサールを相手にするなんて」

「誰が一人といいました? それにクルセード様が戻って来れないようならこんな所、何の意味もありません」

 ソフィは強い決意の目で告げる。

「でも、一人じゃないって………誰がいるの?」

「それは秘密です」