――――何だ、あいつの力は。化け物だ!!
違う!!
――――クルセード様って優しいけど………あの力は気持ち悪いわ
僕だって望んでこんな力手に入れたんじゃ………
――――そんな目で見るな!! 何もかも見透かしたような目をしやがって
やめてくれ!!
―――最近よく昔の事を思い出す。何でだろう、情緒不安定って奴なのかな?
「クルス、聞こえる?」
「ああ、大丈夫だよ。始めて」
コクピットの中のモニターにセミロングの金髪、吸い込まれるような碧眼の美女――――ティーナの姿が現れ、それと同時にティーナの声が響く。不意に景色が変わる。そこは平原のようだった。そしてそこには五体の巨大人型機動兵器ガーディスが立っている。
クルスはコクピットの肘掛の先に設置されている水晶のようなものに手を乗せる。そうするとクルスに振動と共に、自分の乗るガーディスが動いているという感覚が伝わる。それと同時にクルスの瞳が金と紫に変わる。
「これは凄い、思った通りに動く。流石ティーナだな」
クルスはあっという間に五体のガーディスを沈める。その動きは流れるようで、まるで人間である。
「どう?」
ガーディスのシュミレーターから降りるクルスに、ティーナが声を掛ける。
「凄いの一言しか出ないよ、これは。もしこれが実用化出来れば………」
クルスはメットを外し、輝かんばかりの黒髪と黒瞳を露にしながら予想以上の出来に感動を覚えていた。
「そういう考え方は流石ね。でも無理よ。これはガーディアンを動かすことが出来るくらいの『マナ』がないと」
「I.L.S(イリス)も無理なの?」
即答するティーナにクルスはすかさず質問を重ねる。
「当然。………I.L.Sは殆ど偶然の産物なんだから。メインは『マナエンジン』なのよ。それにI.L.Sは不完全で普通の人が使ったらどうなるか………」
「そんな危険なものに、僕を乗せたわけだ」
クルスは文句を云うが、その声に非難の色は含まれていない。
「あら、ごめんなさいね。そうよね、なんて云ったってクルスは幸せ絶頂の『新婚』さんだもんねぇ」
「うぐ…」
ティーナは文句を云われた仕返しとばかりに、クルスの触れられたくないことを攻める。余りにクルスが大袈裟に嫌がるので、ティーナの好奇心に火がついた。
「なんでそんなに嫌がるの? 美人じゃない、ソフィ」
「そういう問題じゃないと思うけど…………しょうがないだろ、あれはまるっきり政略結婚じゃないか」
「そんなのは関係ないでしょ。あんたはどう思ってんの?」
「そりゃソフィは良い娘だよ」
「なら良いじゃない」
「そう云う問題じゃないくて、僕が云いたいのは、なんで結婚式当日まで僕に教えなかったのかってことだよ」
「え?……………だって、しっかり新郎やってたじゃない」
クルスの意外な言葉に、ティーナの思考が一瞬停止する。
「あの時程、自分の外面の良さを恨んだ事はないよ」
クルスは形容しようのないくらい情けない表情で呟く。
「………クルス、色々苦労してるのね………」
ティーナは瞳に、目一杯の憐れみを込めてクルスの肩に手を置いた。
「とにかく、僕はあの結婚については不本意なわけだよ」
「でも良いんじゃない、ソフィも満更でもないでしょ?」
「ソフィはただ、尊敬と愛情の区別がついてないんだよ。……………こんな時間だし、僕はそろそろ戻るよ。ティーナは如何する? なんなら送っていくよ」
クルスは、パイロットスーツに備え付けられている時計が、深夜と呼ばれる時間を回っているのに気付き、早々に引き上げようとした。
「別に良いわ、すぐそこだしね。それにそんなとこ人に見られたら、早速不倫してるって思われるし。で、クルスは今日も寮に行くの?」
ティーナは戯けて見せる。それにクルスは無反応で返す。
「まあね、わざわざ僕の部屋を空けてもらってるんだしね」
「全く、結婚してハネムーンに行かない、一緒に住まないなんてソフィ、結構傷ついているわよ」
「それで別れてくれるんなら、良いけどね」
「何? あんた、向こうから別れてくれるのを待ってるわけ? 男らしくないわね」
クルスは肩を竦めて見せるが、ティーナはそんなクルスの態度に憤りを隠せない。
「そりゃね、離婚証書に僕の分を記入して渡したのに、全然分かってないんだもんな。………じゃあ、僕はこれで。あ、そうそう、言い忘れてたけどI.L.Sに接続したとき、少し思考にノイズが走ったような感じがしたよ」
クルスはそう云ってシュミレーションルームから出る。ティーナはその後姿を複雑な表情で見送った。
―――そりゃティーナの云いたいことも判らなくもないけど、僕はソフィにはもっと色んな経験をして欲しいんだ。そのとき伴侶と云う僕の存在は少なからず邪魔になるんだよ。
クルスはそんなことを考えながら、自分の部屋へと戻る。
然し、ドアノブに手をかけたとき部屋の中に、あるはずのない人の気配がした。
―――こんな時間に一体誰だ? エクス……は違うだろうな。じゃあクレオ? まさか、あいつはもう寝てる時間だろうし………また工作員かな? でもそれならもっとうまく気配を消すだろうし………まあ『案ずるより得むが易し』ってことかな
クルスは一頻り思いつく限りの可能性を考えると、意を決してドアを開けた。当然、懐のホルスターに掛けてある銃のグリップを握っている。
「……………………」
そこに広がる予想外の光景に、クルスの思考が完全に停止した。
侵入者は、少しウェーヴのかかったハニーブロンドの長い髪の女性だった。それだけなら別に不思議はない。女性の工作員も珍しいものではないからだ。然し、その侵入者はクルスの良く知っている人物、ソフィアーネ・エルサレムだった。
そこには、恐らくクルスのことを待っていて待ちきれなくて、睡魔に負けてしまっただろうソフィがクルスのベットの上に、無防備にその寝姿を晒している。
クルスはすぐに、ソフィを起こそうとして傍まで行ったが、あまりに幸せそうな寝顔を見たら何も云えずに、その場に座りこんでしまった。
「………ったく、僕の気持ちも知らないで、いい気なもんだな」
クルスはそう良いながら、ソフィの軽くウェーヴのかかったハニーブロンドの髪を、ソフィが起きないように弄った。
―――「ソフィだって満更でもないんでしょ」
クルスの頭にティーナに云われたことが浮かぶ。
「そんなこと言われても、これじゃあ………な」
クルスは苦笑いを浮かべながらソフィの頭を撫で、クローゼットに置いてある予備の毛布を出し、ベットとは離れた位置にあるソファに身体を投げ出す。
「ふぅ〜流石クルスね」
ティーナは自分の部屋に戻り、I.L.Sのプログラムをチェックしながら呟いた。
「まさかシュミレーションであれだけ動けるなんて…………もう少し見直さないといけないわね」
ティーナはコーヒーのカップを手に取り、一息つくと今回のシュミレーションの結果を流す。然し、コーヒーには口をつけずに戻し、再びキーボードに手を戻し叩き始める。
「もっと反応を鋭くして、駆動系もスムーズにしてやらないと……………………こんな感じかしら。あとはこのデータを工場に送ってやって、ボディの完成を待ちましょう」
ティーナはキーボードを叩き、ガーディスの設計図を完成させ、エルサレムの開発部にメールで送った。
ピッピッピっとディスプレイの隅のランプが点滅する。ティーナはそれに気付き、ディスプレイに映し出す。そうすると画面は黒く染まる。
『こんな時間に申し訳ありませんね。もうお休みでしたか?』
「もしそうだったら出ないわよ。で、何の用?」
ティーナは、相手の顔が見えないのを良いことに洋服を脱ぎ捨て、ラフな格好をとる。
『いえね、ただ貴方の声が聞きたくなって……』
「じゃあもう聞いたから良いわね」
ティーナは冷たくあしらう。
『嘘です。ただそっちの調子を聞きたくなりましてね。こちらは例の計画の準備が整いました』
「そう。こちらは順調よ。ただ、クルスは勘が良いからなかなか思い通りに進まないわ。まあ、それも修正の範囲内のことだけど……………じゃあ、そろそろ次の段階に進みましょうか」
『そうですね、では始めましょう。破滅へのプレリュードを……』
「いいえ、再生の………でしょ」
ティーナは笑みを浮かべた。クルスが見たことのない闇の輝きを秘めた笑みを………
――――ピピピピピピピピピピピピッ
さほど大きい音ではなかったが、ソフィはその音で目を覚ました。それは時計の時報の音だった。その時間まで何度も鳴ったであろう音だが、ソフィがこの時間まで目を覚ます事はなかったのは、単(ひとえ)にソフィの寝つきの良さと云うか過剰睡眠症のお陰といえる。
―――ふふぁ…………なんだか寝足りないような気がしますわねぇ。やはり枕が違うからでしょうかぁ?…………枕が違う?…………あっ、私(わたくし)そう云えばクルセード様のお部屋にお邪魔して………どうしたんでしょうかぁ??
海のように澄んだ碧の瞳をしきりに擦りながら、寝惚けた頭でそんなことを考えているとソフィの鼻孔を擽る匂いが漂ってくる。つまり、何か美味しそうな料理の香りがして来たと云うことだ。
ソフィは、その匂いの元の在り処を探した。すぐ傍にある机の上に、軽い食事が二人分並んでいる。
―――…………二人分?
「…………あ、起きた? じゃあ早く顔を洗ってきて朝食にしよう」
台所に立っていたクルスは、振り返り声を掛ける。その声はそれまでソフィに対してのものと違うことに、言った本人であるクルスですら驚きを隠せない。
「え?………あ、そうですわ。おはようございます、クルセード様」
自分が朝の挨拶をしてないことを思い出し、慌てて頭を下げる。
「ああ、おはよう。早くしないと折角作ったご飯が冷めるよ」
クルスが笑顔で返す。それに従いソフィは洗面所へ行き、顔を洗い、クルスと向かい側になる場所に腰を下ろした。
「あ、あの………クルセード様怒らないんですか?」
「何を?」
急に声を掛けられ、クルスは箸を止めた。
「え……ですから私(わたくし)が勝手に、この部屋にお邪魔したことです」
「別に気にしなくていいよ。それより何か用があったんじゃないの? だから怒られるの覚悟で、ここに来たんだろ」
クルスはそう云うと、箸を動かし始める。
「…………とくに用があった訳じゃないんですが………ただ、クルセード様にお会いしたい一心で………」
語尾に行くにつれて、徐々に声量が小さくなっていく。
「え?…………ただそれだけの為に?」
クルスは予想外の答えに、素っ頓狂な声をあげる。
「へ、変ですか?」
クルスの反応に、ソフィは恥ずかしそうに俯きながら聞いた。
「ははははははは、そうか。そうなんだ」
「う〜、笑わないで下さい〜。私(わたくし)一大決心したんですから〜」
ソフィは顔を紅く染めながら、笑い出したクルスに懇願した。
「ご、ごめんごめん。………ふ〜、判ったよ。近いうちにこの部屋を空けて、家に帰ることにする。約束するよ」
クルスはそう云ってソフィに微笑む。一方、ソフィの方はクルスが何を言ったのか理解出来ず、きょとんとした表情になっている。
「ま、暫らくは仕事が落ち着くまで、ここにいることになると思うけどね」
「じゃあ、本当に………」
ソフィは感無量といった感じで、胸の前で両手を組み合わせてクルスに確認する。
「嘘をついても意味ないだろ。大丈夫、ちゃんと帰るから。………それよりこれから時間ある?」
「え? 大丈夫ですけど………何故ですか?」
「まあ、お互い結婚前も、後も二人っきりで出掛けたことってあんまりなかったから、今日は僕も休みだから丁度良いかなって」
クルスは照れくさそうに鼻を掻いた。
「これが私が開発した、『マナエンジン』を搭載したガーディスのシュミレーションの結果です」
ここはエルサレムの会議室。そこでティーナは輝きを放つ黒髪のエルサレム会長ザクス・エルサレム、常に人を見下したような表情をしている金髪のラムサール会長ジェイク・ラムサール、世界でも珍しいアッシュブロンドの髪を持つカールスタール会長アーネスト・カールスタール以下、各企業の重役を前にしている。
中央の巨大なディスプレイには、先日のクルスが行ったシュミレーションが流されている。誰もがその結果に驚嘆していた。
「すばらしい。早速これを量産させよ。生産ラインは我がラムサールが担当しよう。これは後の大戦に大きな成果をあげる」
ジェイクは、ティーナの開発した新型のガーディスの素晴らしさに、興奮を隠すことなく云う。
「ですが、この『マナエンジン』には問題点が、一つあります」
「そのような問題など、我らエルサレムグループの力を持ってすれば、解決できぬものなどあるまい?」
ジェイクは、まるで自分の物のようにエルサレムの名を口にした。
「いいえ、いかにエルサレムの力でも、解決できるものではありません」
ティーナの言葉に、ザクスとアーネスト以外の者達がざわめきの声をあげる。
「それは何なのだ?」
ザクスは落ち着いた声で、ここに来て始めて口を開いた。
「それは『マナエンジン』を扱うには、マナレベルがAA以上が必要なのです」
「それでは、ガーディアンと変わらぬではないか!!」
ジェイクはティーナに激昂をぶつける。その喜びの分だけ怒りも一塩なのだろう。
「しかし、『マナエンジン』を搭載すれば、ガーディアンと同等の力を持つことが出来ます。それにガーディアンのように、人を選ぶことはありません」
ティーナはジェイクの荒げた言葉を、軽く受け流しながら説明を続けた。
「なるほど………で、今わが社にそのパイロット候補は、何人ほどいる?」
「はい、エルサレム、カールスタール、ラムサールの社員総てを合わせて、八人と云うところです。……それと……」
「『それと』、なんだね?」
云い淀むティーナに、アーネストが促す。
「これからあげる人物については、私には判断できませんので、社長達に判断を仰ぎたいと思います」
ザクスはその言葉に、無言で先に進めさせる。
「まず、エルサレム・セキュリティ最高責任者、エクシード・フォルクス様。同じく副責任者セフィリア・クロイアーズ様。エルサレム・セキュリティファーストチームリーダー、クルセード・エルサレム様」
クルセードの名が出た途端、当たりがざわめく。然し、ティーナは気にしなかった。
「エルサレム・セキュリティファーストチームサブリーダー、ソフィアーネ・エルサレム様」
続けて、同じ姓を持つ者の名を呼ぶ。そのせいで辺りのざわめきは収まらない。
「以上の方達の判断は、皆様方にお願い致したいと思います」
ティーナはそう云うが、その視線は明らかにザクスしか見ていない。
「だ、そうだ。して皆はどう思う?」
ザクスは誰に視線を合わせるわけでもなく、ゆっくり瞼を下ろしながら云うが、そんなザクスの様子を気遣ってか誰も口を開かない。
「総ては、会長の意志に任せます」
そんな重苦しい雰囲気の中、アーネストが口を開く。
「他の者はどうだ?」
ザクスはそう云いながら、それぞれの顔を見まわす。誰も異論を唱える事はしなかった。
「わかった。総ては君に一任しよう」
ザクスは表情を変えることなく、短く告げた。
「有り難うございます」
ティーナは恭しく頭を下げる。
「後、総てのガーディスにI.L.Sを乗せたいのですが………」
「I.L.Sとはなんだね?」
「あ、すいません。I.L.Sとは、イマジネーション・リンク・システムのことです。つまり、パイロットの思考をそのまま、ガーディスに反映させることが出来ます。ただ、そのシステムだけで操作する場合は、マナレベルがS以上必要になります」
「それでは意味がない。君のことだから、そのことは指摘されるまでもなく、判っているだろうな」
アーネストは他の人が非難の口を開く前に、先手を打った。
「当然です。I.L.Sだけでガーディスを動かすのではなく、補助的なものとして設置します。そうすれば、今までの反応速度を1.5倍ほど上回ります」
「では、そのI.L.Sだけで動かした場合はどうなる?」
話の間を開けずに、ジェイクが問い掛ける。
「限界は判りません。その個人の能力によって変わりますから。ただ、クルセード様の場合はシュミレーターで、通常の5倍ほどの性能を出しました。それでもまだ、セーブしてたみたいです」
「それで、I.L.Sのみで動かせる者は誰だ?」
ザクスが苦悩の表情を浮かべながら聞く。
「はい、先程の4名。それとメディカルルーム勤務のDr.シルフィアラ・アウルスロードの5名です」
ティーナは、そんなザクスの表情を見ても眉一つ動かさずに告げた。
「そうか、では五体をI.L.S操作型にし、残りをI.L.S補佐型で新型ガーディスを生産してくれ。頼んだぞ、ジェイク」
「はい、任せてください」
「では、今日の会議はここまでとしよう」
ザクスがそう締め括ると、それぞれの企業の重役達が席を立つ。
そして他の者がいなくなった会議室で、ザクスは父親としての自分と会長としての自分との狭間にある想いに、苦悩の表情を隠さずにいた。