――――それから半年後

「如何したの、クルス?」

 廊下を歩いてるところを急に呼び止められ、クルスは振り向いた。

「…………ティーナか。別にどうもしてないけど…………今、そんな顔してた? もしかして」

 クルスが、自分の顔を撫でながら聞く。

「まあね。そんなに辛い? この戦争」

「そりゃね。何時までたっても、人を殺すってことには慣れなくてね」

「第一前線基地の総司令官が、そんなことでいいの?」

 ティーナが冗談半分で云う。

「茶化さないでよ。結構きてるんだからさ」

 クルスは疲れた表情で返す。

「ごめん、でもクルスはよくやってるわよ。他のところはもっと酷いことになってるって話よ。とくにあのエルスリードって子が担当してる西方地区なんて現地民は皆殺しにされてるらしいわ」

「らしいね…………まだ戦争が始って3ヶ月。それでも後少しで、この北方地区は統一出来るんだよな。ホント凄いよ、あの新型ガーディスは……」

「あらクルス、自分であの機種の名前をつけたくせに、忘れたの?」

「別に忘れたわけじゃないよ。ただ、自分でつけといて何だけど、ホント名前の通りになっちゃったもんな。…………『パニッシュメント』……………罪人か、今の僕にはピッタリかもね」

 クルスは自嘲の笑みを浮かべる。

「全く、クルスってばグダグダ悩んで………それってあんたのよくないとこだぞ。もっと軽く考えないと、老けるの早いわよ」

「………だとするとティーナは、何時までも若いままだね」

「それってどう云う意味よ」

 ティーナは、戯けたクルスの頭を抱え込むように右腕で挟んで、締め上げる。

「痛い、痛いよ。参った、僕が間違っていました。ティーナは充分、老けてます」

 大して効いていないのか、尚もクルスはふざけていた。

「それもそれで、腹立つわねぇ」

 ティーナもその事を知っている為、手を休める事はしない。

「クルセード様、全機出撃の準備が整いました」

 クルスとティーナがじゃれあってる所へ、一人の男が声を掛けた。

「あ、ルクジック。悪いね、じゃあ行こうか」

 クルスはティーナの戒めから抜け出し、ルクジックと呼びかけた男にそう云い、先立って歩き出す。

「クルス、ちゃんと帰ってきなさいよ!!…………それと、もっと自分自身の判断を信じなさい。あんたはそれで、世界が救えると信じてるんでしょ」

 クルスはそれに言葉では返さず、ただ手を振って答える。

「ルクジック。あんたもしっかり仕事……してきなさいよ」

 ティーナはクルスに向けていたのとは違う、冷たい表情で声を掛けた。

「………私は私の仕事を、するだけです」

 ルクジックは、それに表情を変えることなく答える。

 

 

「皆、出るぞ!! これが最後の戦いだ、気を抜くな!!」

 クルスは純白のガーディスを駆り、先陣をきって飛び出した。

 それの後に途切れることなく、次々とガーディスが飛び出す。目的地は最後の戦場、レキナシス

「指令、正面からレキナシスのガーディスの機影が!!」

「判ってる。………いいか、幾ら良い機体に乗っていても油断するなよ。トルーク、ガーディアンはまだか?」

「まだ反応は……いえ、今出てきました。この膨大なエネルギー反応は間違いなくガーディアンです」

「そうか、ルクジック。ここは任せたよ」

 クルスはそう云って、敵軍団の中を目視出来ないほどのスピードで、突き抜けて行く。その衝撃で敵ガーディスが、次々と落ちていった。

 そして戦争は始った。

 

 

 クルスはただ反応のある方向へと、真っ直ぐ飛んでいた。程なく蒼碧の機体が見えてくる。

 それは機械的と云うよりむしろ、生物的といった雰囲気を醸し出し、見るものを威圧する。

「貴方がハーティ・クロイアーズ。世界に11人しかいないガーディアンの乗り手。そしてそれが『空』のガーディアン『ルーファス』」

「……貴様がクルセード・エルサレム、『神童(ジーザス・チルドレン)』か。……何故こんな事をした!!」

 ハーティは、女性にしては低い声で叫び、手にしているライフルでクルスを攻めたてる。

「それが必要な事だから。今この星は病んでいる。それを正す為にも人は統一されなければならない」

 クルスは、続けざまに吐き出される銃弾をかわしながら、尚も話す事を止めない。

「その為に戦争か!! よっぽどお前等の方が病んでる」

「僕はこんな事はしたくはなかった。だから貴方達に、最後まで降伏勧告を出していた。然し、貴方達はそれを受諾しなかった。だからこうなった、ただそれだけの事……」

「そのような事、受諾できる訳がないだろう!!」

 ハーティは弾が切れたライフルを投げ捨て、クルスへと体当たりを仕掛ける。

 クルスはそれを正面から受け止める。

「何!? ガーディアンのパワーを上まっていると云うのか………」

「もう一度、云います。降伏してください。貴方では僕には勝てない」

「ガーディアンがガーディスに、負ける訳がない」

 ハーティは、クルスのガーディスの頭部へと拳を繰り出す。

「人類は日々進化していると云うことを、忘れてはいけませんよ」

 クルスは素早くハーティの拳を受け止め、そのまま握りつぶした。

「何故判ってくれない。僕はこれ以上、人が死ぬのを見たくはないんだ」

「………甘いな。だがその甘さも好ましく思える。昔、それと同じような事を云ってここを出ていった妹と、同じ事を考えているのだろうな」

「セフィリアは、今度結婚する事が決まりました」

「あの娘が………私達姉妹の中で、一番遅いと思っていたのに」

 ハーティは攻撃の手を休め、物思いに深け始めていた。

「出来れば、僕は貴方と戦いたくはないんです。セフィリアの為にも……」

「………一つ聞かせてくれ、お前はこの戦争が終わった後の世界で、何を望む?」

「別に何も………人が人であれる様になれば、それでいい」

 クルスは、考える間も置かずに答えた。

「今のままでは、人は人ではないと云いたいのか?」

「さあ? それを決めるのは僕じゃない。人類、一人一人だ。それに人が人であるということは、その各個人によって違うから、僕は何かするつもりはない」

「無責任なのだな。とても企業の跡取とは思えない」

 クルスはハーティのその言葉に、苦笑を浮かべる。

「そう云う歯に衣着せぬ物云いは、セフィリアそっくりですね」

「………そうだな、私もあの娘の結婚式に出たいしな。降伏しよう。お前ならきっと、わが社員を悪いようにしないだろうしな」

「解ってもらえて、嬉しいです」

 クルスはそう云って、ガーディスの戦闘態勢を解いた。

『右後方より高熱源体接近中』

 コクピットの中に、警告を告げる無機質な声が響く。

「な!? どう云うことだ?」

『不明。後十秒で本機に着弾します。回避運動をとって下さい』

―――ヤバイ、避けたらハーティさんとレキナシス本社に当たる。

 クルスはそう考え素早く振り向き、体内マナを放出し、ガーディスの前に壁を作り上げる。

「クルセード、逃げろ!!」

 壁を張ってから一秒も経たずに、ガーディスの機体を覆い尽くすほどの太さのレーザーが着弾した。流石に、そこまでの出力のものを想像していなかった為、壁は耐えきれずに壊れ、拡散された何本かのレーザーがクルスのガーディスを貫く。

「っく、一体誰が…………」

『右後方にガーディスの機影が一つあります』

 そう云われてクルスは、その機体をモニターに拡大させた。その機体は、ガーディスほどあるかと云うライフルを、手にしている。恐らく、一発きりの物なのだろう、その機体はそれを投げ捨てた。

「識別反応は?」

『エルサレムです』

「その機体が、今の攻撃を仕掛けたのか?」

『その可能性は高いです』

「そこのガーディス。この声は聞こえているな? 名前と所属を云え」

「エルサレム第一前線基地副司令、アルバート・ルクジック。これで良いですか? クルセード総司令官」

 スピーカー越しの声は思いの外、落ち着きを払っていた。

「ルクジック!? なんでこんな事を…………」

 対照的にクルスの声は、感情が露になっている。

「早過ぎる英雄は、世界にとって邪魔なだけと云うことです」

「…………世界にとって?……違うな。ラムサールにとってだろう?」

 先程と違い、クルスは今まで見せた事のないほど、冷たい声を発する。

「隠しても無駄でしょうから、否定はしませんよ。ただ、私は与えられた仕事をこなすだけです」

「そんなに邪魔か………」

 ショックと云うより、クルスは呆れながら云う。

「そう云う事です」

「ただでやられるほど、僕は安くないよ」

 そう云うクルスは、何故か不適に笑みを浮かべている。その笑みにルクジックは、背筋に今まで感じた事がないほどの冷たい汗が流れているのを、感じていた。

「そのボロボロの機体で、どうするつもりなのですか? 私のこの機体も、貴方と同じ『パニッシュメント』なのですよ」

 虚勢をはってみるが、一向に背筋を流れる汗は止まらない。

「そうだ、下がっていろこいつは、私が相手をする」

 今まで黙っていたハーティが、クルスの身を案じ、ガーディアンのパワーを上げ始める。

「手を出すな!! それより貴方は、レキナシスの人を避難させてくれ」

 クルスはハーティを下がらせ、満身創痍のガーディスを進ませた。

「しかし、それではお前が!!」

「五月蝿い!! これはエルサレムの問題だ。貴方はレキナシスの心配だけしていろ!! それに僕は自己犠牲精神なんて崇高なものは、持ち合わせてないよ」

 クルスは声を荒げつつも、自分らしくハーティに死ぬ意思がない事を告げる。

「僕は一人の方がやり易いんだ。だから貴方はレキナシスへ。もし、巻き込まれでもしたら、幾つの命が無駄に散っていくか分からない」

「それはそうだが………」

 まだ納得しきれないハーティに、クルスはどうすれば良いのか考えあぐねていた。然し、そんなクルスを尻目に、ルクジックは攻撃を仕掛けてくる。

「どちらであろうと、私は貴方も逃がすつもりはありませんよ、ハーティ・クロイアーズ殿」

 クルスがハーティに気をとられている間に、冷静さを取り戻したルクジックは、アームに備え付けられているマシンガンを撃ち続けた。

 クルスに向かった銃弾は、総て機体に当たる前に弾かれていくが、ハーティは完全に不意を突かれ、回避行動が遅れてしまう。

「ハーティさん!!」

 機体の被害はさほどではないが、バーニアがやられてしまい、どんどんと高度が下がっていく。

「っく」

 クルスはバーニアを切り、自由落下に機体を任せる。そして、ハーティが地面につく直前に、バーニアをフルパワーにし、ハーティを掬い上げる様に抱え、地面に着陸した。

「ハーティさん、大丈夫ですか?」

「まあ、なんとかな。だがもう動かす事は出来そうにない。すまない、私は足手まといだった様だな」

 ハーティは顔は笑っていたが、声はやり切れない気持ちで一杯だった。

「気にしないで下さい。僕だって、そんなに大した事は出来てないんですから…………ただ……」

「『ただ』………如何したのだ?」

「これだけ騒いでいるのに、レキナシスはともかく、エルサレムの方から何のリアクションがないのはおかしい、そう思いませんか?」

「確かに………通信は出来ないのか」

「とっくに壊れましたよ」

 クルスは軽く答えるが、内心焦りが募っていた。

「そんなことを考えていたのですか? 私が何の準備もなしに、こんな事を仕掛けると御思いですか?」

 ルクジックがクルス達の正面に、ゆっくり降下して来る。

「まさか………」

「そう、基地にはもう、我々の他に生きている者はいませんよ。見えませんか? 基地からあがっている爆煙が?」

 クルスはそう云われ、基地の方を見た。すると肉眼で確認できるほどの黒煙が、絶え間なく空へと上りつづけている。

「…………………ぁぁぁああああああああああああああ」

 クルスから発せられたそれは、まるで餓えた野獣のようでもあり、子供の泣き声のようでもあった。

「ク、クルス!? 如何したんだ」

 クルスの叫びになにかおかしいものを感じたハーティが、声をかけるがクルスはそれに答えようとしない。いや、出来ないと云った方が正しいのかもしれない。

「…………お前を消滅させてやる」

 急に叫ぶのを止めたかと思えば、今度は感情のない声を発した。その時、クルスの瞳は黒でも金でも紫でもなく、澄み渡る空のような蒼色をしていた。

「どうやってですか? まさか、素手でガーディアンをも凌ぐこの機体と、戦う気ですか?」

 クルスはコクピットから降り、姿を見せ、ルクジックを見据える。そこから先は総て、一瞬の出来事だった。クルスの姿が消えたと思ったら、ルクジックのガーディスが光の粒子となり、ルクジック本人はクルスに胸座を掴まれて、そこにいた。クルスは片手のみで掴んでいるのに、ルクジックの足は地面についていない。

「お前にはゆっくりと消滅する、恐怖を与えてやる」

 クルスがそう云うと、ルクジックのつま先から光の粒子が溢れ出す。

「っく」

「どうだ? 徐々に、身体の感覚がなくなっていく気持ちは? 良かったな、貴様のような人間でも、最後は美しい光となるのだからな」

 腕の先で、もがいているルクジックを見て、クルスは表情を変える事なくそう云うと、諦めたのかルクジックが抵抗を止めた。

「クルス!! もう止めろ!!」

 あまりの事に、ハーティが静止の声をかける。

「………邪魔をするな。お前も消すぞ」

 クルスは、ハーティに向き直ることなく答えた。その声は無機質なもので、とてもクルスが発しているとは思えない。

「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ」

「何がおかしい?」

 急に笑い出したルクジックに、クルスが問い掛ける。それは別に、笑いに対して怒ると云うわけでなく、純粋な疑問から出たものだ。

「気付きませんか、自分の変わり様に。もうすぐです、もうすぐ私の仕事が終わります」

「…………お前の人生ごと、終わらせてやるよ」

 クルスはより力を強めた。

 

「ゲームオーバーよ、クルス」

 

 不意にクルスの頭に声が響く。

「っく。力が………」

 クルスがそう呟くと、自らの身体を抱くようにうずくまり、ルクジックから溢れていた光の粒子が消え、逆にクルスが光に包まれる。その周囲に風が吹き、雷が迅っていた。それはけして、人を傷つけることなくクルスを包み込む。

「クルス!?…………一体何が起きていると云うのだ?」

 そして光が収まると、そこにクルスの姿は消えていた。

 

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