クルスが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。そして、覗き込んでいる見た事のない顔。

「目を覚ましましたか? 良かった。一時はどうなる事かと思いましたよ」

 少女は柔らかい笑みを浮かべる。然し、彼女は人とは違う青い髪と金色の瞳を持っていた。

「………君は?」

 クルスはやっとの事で、その言葉を発した。全身に気だるさを纏わり付かせ、気を抜いたら、再び眠りについてしまいそうだ。

「私ですか? 私はフィリア。マスター・シャリアの作ったファミリアです」

 ファミリア、それは人の生み出した機械生命体。その用途に別けて、大きく二種類ある。スレイヴ(召使い)タイプとバトル(戦闘用)タイプ。

 クルスも、何度もファミリアを見たり、実際に喋ったりしたことがあるが、彼女ほど人間らしいものは始めてだ。

「貴方のお名前は?」

「…………クルス」

 クルスは暫らく悩んだ後、本名を名乗らず愛称だけ答えた。

「クルスさんですね。ちょっと待ってください、今マスターを呼んできますから」

 フィリアはそう云うと、部屋から出ていく。そしてクルスは、フィリアが戻ってくるまで意識を保っておく事が、出来なかった。

 

 

 

 ウツロはウンザリしながら、国王の祝辞を聞いていた。

―――なんでお偉いさんの話って、こうも長いんだろうな。

「―――であるからして、君達は栄えあるエルサリア騎士団に入る事になる」

―――これで何度目だよ。同じ事ばっか云って、そんな事より早く終わらせろっつうの。

 ウツロは欠伸を噛み殺しながら、退屈な時間を過ごしていた。別に普段のウツロなら、こんな儀式はふけていたが、この後にあるライガとの演武を思い、我慢しているのだった。

「それでは、新規入団騎士代表ウツロ、エルサリア第一騎士団所属ライガによる演武を執り行う。両者、前へ」

 ウツロは、心の中で逸る気持ちを抑えながら、恭しく見えるように武台場へと上る。

 同じようにライガも上り、ウツロと向き合う。

「何か随分と暇そうだったな」

 ライガがウツロにしか聞こえない声量で、話し掛けて来た。

「しょうがないだろ、あのオッサン、同じような事しかいわねぇんだから。これがなきゃ出てなかったよ、俺は」

 ウツロも同じように、ライガにしか聞こえないように答える。

「………まあ、気持ちはわからんでもないが、王をオッサン呼ばわりするのはどうかと思うが」

「え?………あれが王様だったの? じゃあ、先行き暗いなこの国も」

 予想しなかったオッサンの正体に、ウツロは驚いた。

「相変わらず、口が悪いな。だが安心しろ、演説好きって事以外は賢王といっても過言じゃないからな」

「両者、王に礼を」

 急に審判役が声をかけて来た。ウツロとライガのやり取りは、聞こえていなかった様だ。

 ライガは小慣れたように、声に遅れる事無く礼をし、ウツロはそれからやや遅れて礼をした。

「お互いに、礼を………………では、始め!!」

 審判役はウツロとライガが剣を抜き、お互いに礼をしたのを確認すると、号令をかける。ウツロとライガの手にしている剣は、騎士団から支給されている剣の摸擬刀で、ウツロが普段使っている長騎剣とは、重さの長さも段違いだった。

「はっ!!」

 ウツロは短い呼気と共に、手にした剣を素早く振り上げ、ライガへと飛びかかた。完全に奇襲の形になったが、ライガは僅かに半身を反らしただけで避ける。

「如何した? なれない武器じゃ調子が出ないか?」

 ライガが小馬鹿にした様に云うが、それは明らかにウツロを挑発する為のものだった。

「………まあね、でもその程度のハンディが丁度良いんじゃない?」

 ウツロはそれには乗らず、逆にライガを挑発する。

「よく言った。なら覚悟しろよ!!」

 ライガは挑発に乗って見せたが、その目は冷静そのものだ。それと同時にライガの気質が変わった。それが解ったのは、この中でも向かい合っているウツロの他には、数えるほどしかいないだろう。それだけ近年、騎士団の質が落ちている証拠だった。

 ウツロは咄嗟に、攻め重視の構えから受け重視の構えへと変える。

「受身の剣で、俺の斬撃を止められると思うなよ」

 ライガはそう云うと、何の前動作もなく突きを放つ。その突きはニ連突きなのだろうが、ウツロには同時に見える。

 ウツロは片方の突きを払い、そっちの方へと身体を逃がす。

「甘い!!」

 ライガはその突きを払いにかえ、ウツロの首を薙ごうとする。

 然し、ウツロは素早く身を屈めて、ライガの払いをかわし、すかさず反撃としてライガの首に突きを放つ。

 ライガはその突きを、剣を戻す動作を利用し、柄尻で弾く。

 その攻防は、僅か数秒のうちに行われていた。そして、それを完全に追えた者は、数えるほどしかいないだろう。

「腕を上げたな」

 再び硬直状態になったライガは、ウツロにそう声をかける。

「まあね。一応、『エルサリアの双頭の鷹』と云われたフウマ兄さんの、弟だからな。恥ずかしい試合は、出来ないさ。それにまだ、終わっちゃいない!!」

 ウツロはそう云って、大きく振り抜いた払いを、ライガの胴目掛けて放った。

「隙が大きい!!」

 ライガは半歩下がり、紙一重でウツロの斬撃をかわすと、再びウツロの首を突こうとする。

 然し、それよりも早くウツロは身体を回転させ、遠心力の乗った袈裟切りを放つ。流石のライガも、それは反応できず、思いっきり食らってしまう。

「っくぅ!?」

 思わず苦痛の声を上げるが、ライガはそれでも剣を止めず、大振りをして体勢を崩したウツロの首に剣を当てた。

「それまで!!」

 審判役はハイレベルな攻防に、一瞬呆気に取られたものの、そう声を上げウツロとライガの闘いは幕が閉じられた。

「最後のは結構やばかった。これからが楽しみだな」

 ライガは笑みを浮かべながらウツロに手を差し伸べる。

「今度は、絶対勝つからな」

 ウツロはライガの手を取りながらそう答えて立ち上がった。

 

 

 

 クルスは意識を覚醒させつつも、いまだ自分の瞼が重く、目を開ける事が出来なかった。

「本当に目を覚ましたの? あんた夢でも見たんじゃない?」

 腰まである長い金髪を無造作に後ろで束ね、小さな丸いレンズの眼鏡をかけた、青い瞳の白衣姿の美女―――シャリアは目を覚まさないクルスを見て、フィリアを苛めていた。

「本当に目を覚ましたんですよぉ。第一、ファミリアは夢なんて見ません。まあ、マスターが何かミスをして、その『バグ』が人で云う、夢のような形になる可能性は充分ありますけどぉ」

 フィリアはシャリアの言葉を、厭味で返す。

「あたしがそんなミス、する訳がないでしょ。あたしの仕事は、何時でも完璧なのよ」

 シャリアは胸を張って、自慢する。

「じゃあ、私の云うことも信用してください!!」

「そうは云っても、あんたは『自己成長プログラム』だから、あたしの予期せぬバグが幾つか出てきても、おかしくないわ。まあ、それに関しては、あたしの責任じゃないけどね」

 シャリアはさらにフィリアを苛めて、楽しんでいる。

「刀魔さ〜ん。何とか云ってくださいよぉ」

 フィリアは、救いを求めて刀魔を見たが、何やら難しい顔をして、棒状のものを弄りながら考え事をしていて、聞いてはいなかった。

「………如何したのよ、刀魔。そんな難しい顔して、全然あんたらしくないわよ。第一それ、この子のでしょ?」

 刀魔が、持っている棒をことなげもなく手にしているので、シャリアが云う。

「ん? まあ、これはワイが持っとっても、何の意味もない物やから大丈夫やて。それに考え事いうても、大した事やないねん、今日の晩飯何やろなぁ思てな」

「何か隠してるわね」

 普段刀魔がしない顔を見て、シャリアは刀魔の言い訳が明らかに真実を告げてない事に気付く。

「嫌やなぁ。ワイがシャリアちゃんに隠し事なんて、するわけないやん。あ、でもうれしいなぁ。ワイの事心配してくれたんやろ? ついにワイのこの熱い想いを受け入れて………」

「んなわけないでしょ」

 抱き着こうとする刀魔に、シャリアは肘鉄を入れて返す。

「うぐぐぐぐぐぅ」

「全くこの男は毎度毎度、懲りないわね」

 シャリアは腹を押さえてうずくまる刀魔を見て、呆れながら呟く。

「そう云うマスターだって、満更でもないんじゃないですか?」

「ななななな何をいいいいいい云ってるのよ。ああああたしがななな何でこんな奴の事…………」

 フィリアが、さっきの仕返しとばかりに云うと、シャリアは面白い程うろたえて見せる。

 クルスは周りが騒がしいのを感じていた。今、自分がどんな状況にいるかも、周りの会話から何となく掴めてくる。然し、それでも瞼は重く、容易には開いてくれない。

「ん? 目ぇ覚ましたみたいやな」

 刀魔は、クルスの様子に逸早く気付いた。

 そう云われては、クルスも目を覚まさないわけには行かず、重い瞼を無理矢理開ける。

「………ティーナ!?」

 あまりに見知った顔に、クルスは思わず驚きの声を上げる。

「………残念だけど、あたしはティーナなんて名前じゃないわ」

 シャリアは一瞬、不機嫌そうにも見える顔をし、クルスを睨む。

「え!?………あ、すいません。あまりに似ていたもので……」

 クルスは自分らしからぬ失態をした事に気付き、表面上は何食わぬ顔をしていたが、内心は焦っていた。然し、目の前の女性は見れば見るほど、ティーナにそっくりな容姿をしている。違うところと云えば、髪が長い事ぐらいだ。

―――拙かったなぁ。これが原因で、面倒なことにならなきゃ良いけど。

「で? あたしにそっくりだって云うその人とは、どういう関係なの?」

「………はぁ? 何でそんな事を……」

 脈絡のない質問に、クルスは当惑する。

「だってねぇ。もし恋人とかだったら、あたしにもチャンスがあるじゃない?」

 シャリアはそう云って、魅惑的な笑みを浮かべた。

「そら殺生や、シャリアちゃん」

 刀魔は捨てられた子犬のような表情で、シャリアにすがりつく。

「うっさいわね。いいからあんたは黙ってなさい」

「心配しないで下さい。別にティーナとは、ただの仕事仲間です」

 刀魔が憐れに思えて、クルスがすかさずフォローをいれる。

「ただの仕事仲間が、何で起き抜けに見ても、大して驚かないのはどういう事?」

「充分、驚いてたと思うんですけど………」

 クルスは、苦笑いしながら答える。

「まあ、それなりに親しい仲ではありましたけど、友達としてですが」

「なぁんだ、つまんない。………とりあえず、あんたはエルサレムでも、それなりの地位にいるって事ね」

 クルスはいきなり核心を突いた言葉に、思わずシャリアの顔を見た。

「その顔は図星ってとこね。ついでに云えば、あんたはガーディス乗り………って事はエルサレムでの仕事は、それと別に何かしてる、違う?」

「何故、そう思うんです?」

 クルスは警戒心を高めて、聞いた。

「ティーナって人は、エルサレムでもかなり高い地位にいる。その彼女と仕事仲間って事は、あんたも高い地位にいなきゃならない。その上あんたの着ているのは、エルサレムのパイロットスーツ、んなもん着てるのはガーディス乗り以外の何者でもないわ。ガーディス乗り自体は、そんなに高い地位にいるものじゃない。だからそのほかに、仕事が必要ってわけ」

「ティーナの事を、知ってるんですか!?」

「まあね。あたしの名前はシャリア・レイバート。姉さんに比べたら、あたしは不肖の妹ですから、そんなに人には話してないと思うけど、これでもれっきとした血の繋がった姉妹よ」

 シャリアはあからさまに、不機嫌そうに云う。

 クルスは、ティーナから妹がいるとは聞かされていたが、まさかこんな所で会うとは夢にも思っていなかった。

「貴方が………確か、ティーナと違って『電子工学』のほうを専攻してるって聞きましたよ。しかも、かなり優秀な成績で、早い時期に博士号を修めたとも」

「ふ〜ん、そんな事云ってたんだ。じゃあ、あんたはそれなりに姉さんに、信用されてたって事ね。で、あんたの名前は?」

 クルスは、シャリアに本名を名乗って云いか、迷っていた。少し話しただけでも、シャリアが信頼に足る人物である事は解ったが、それでもクルスの名が持つ力は、それを覆す事を簡単にしてしまう。しかし、偽名を使えば、さっきのやり取りからも解る通り、すぐに怪しまれてしまう。

「……………僕の名前は…………」

 クルスが意を決して、名を告げ様とした時、刀魔がそれを言葉に出さずに、留めさせる。

 クルスはすぐに異変に気付いた。このビルの中に、シャリア達以外の人の気配がしていたのだ。シャリアとフィリアには、人の気配を察知するなんて事は出来ないが、刀魔の表情を見て、異変を感じ取る。

 クルスは刀魔が、自分の気配を消そうとしないのに見習って、自らの気配を消す事はしない。恐らく、急に気配を消せば、相手が警戒するからだろう。

 やがて、その気配が部屋の前までやって来る。気配はそんなに多くなく、3、4人といったところだ。

 クルスは懐に手をやり、自分の銃を取り出そうとしたが、いつもの場所にない事に気付き戸惑う。

 刀魔はそんなクルスを気にせず、部屋のドアを唐突に開け放つ。そして、刀魔はまるで大型の肉食獣が狩りをするかのように、筋肉を躍動させる。

「なっ!?」

 男達は驚きの声もろくに云えぬうちに、刀魔に伸されてしまう。その鮮やかな動きは、クルスも目で追うのがやっとだった。

「凄い………」

 クルスは我知らぬうちに呟く。

「何やねん、こいつら? けったいな格好、しくさってからに」

 男達は揃って黒いスーツ姿だった。その格好は、明らかに企業のシークレットサービスの典型的な姿だ。そして、クルスはこの男達の企業が、ラムサールである事も気付いていた。根拠はない、ただクルスの勘がそう云っている。だが、その勘はかなり信憑性が高い。

「……多分、僕を狙ってきた連中でしょう」

 クルスはこれで本名を、名乗らざるをえなくなった。

「フィリア、こいつ等をその辺に捨てて来て。……………こいつらは多分、あたしを付け狙っている奴らよ。それに、あんたがここにいるって情報は、何処からも洩れていないわ。もし、気付かれるとしても、もう少し時間がかかるはずよ」

 フィリアは、シャリアに云われるとすぐに、黒服の男達4人を軽々と担ぎ上げ、外へと出ていく。シャリアはそれを見送ってから、クルスの言葉を即座に否定する。

「でも、何で貴方が、狙われているんですか?」

 クルスは尤もな疑問を、投げかけた。

「あたしが、ガーディアン乗りだからよ」

「ガーディアン!? まさか……ティーナはそんな事、一言も云ってない……」

 クルスはあまりに予想外の事に、らしくなく動揺した。

「そりゃね。姉さんはもちろん、両親だって知らないわ。世間的にも認められてないしね。つまり、あたしは隠された12人目のガーディアン乗りってわけ」

「なんで世間的に、認められてないんですか? おかしいですよ。ガーディアン程の『マナ・アームズ』の存在を認知しないなんて」

「このガーディアンを、あたし個人が持ってるからよ。他のガーディアン乗りみたいに、企業に属してない人が、こんな凄い力を持っているとしたら一般人は、どう思うと思う? 答えは簡単。人は怯え、そしてそれを隔離していくのよ。だからこそあたしが、ガーディアン乗りである事がばれてはいけないの。企業の面子とあたし自身の生活の為にね」

 シャリアは表情を変えずに云うが、言葉の端端に、企業に対してのか、自分に対してのかは解らないが、侮蔑が含まれている。

「じゃあ、何で企業に属さないんですか? 企業に属せば生活も約束されますし、まして人から疎外される事なんて………」

 クルスは、その先を続ける事が出来なかった。シャリアがクルスに対して、あまりに哀しい瞳を向けていたから………

「すいません。これ以上は、立ち入ったことになりますね」

 クルスが申し訳なさそうに謝ると、逆にシャリアが戸惑う。

「いいのよ。普通はそう思うものだしね。でも、あんたはまだ人としていい方よ。今時の男ときたら、最後まで面倒見る気ないくせに、何でも根掘り葉掘り、聞き出そうとするからね………まあ、それはそうとあんたの名前、教えてもらいましょうか?」

「…………クルス。今はそれだけしか、名乗れません」

 クルスは、シャリアの洞察力の高さを考え、嘘をつく訳でもなく、ただ『クルス』とだけ名乗った。

「『クルス』ね…………まあ良いわ。あんたにはあんたの事情ってものが、あるだろうしね」

「マスター、外、雪降ってますけどいいんですか?」

 フィリアはそう云いながらも、手ぶらで戻ってきている。

「いいんじゃない? どうせ任務が失敗した時点で、殺されるんだから」

 シャリアはさらっと云うが、それは人の生き死にに関する事なのだから、もうちょっと云い方があるんじゃないだろうか………。

「そうですね。ラムサールならそれぐらいはするでしょう」

 クルスも、シャリアの言葉に同意する。

「………今、何て云った?」

「え? 『ラムサールならそれぐらい――――』って」

「なんで、そんな事がわかるの?」

 シャリアに問い質されて気付いたが、クルスは男達をラムサールと決め付けていたが、その根拠は何もない。

「自分でも良くわかりません。ただ………」

「『ただ………』何?」

 シャリアの顔が険しくゆがむ。

「雰囲気が、僕の知ってるラムサールのセキュリティに似ているんです」

「成る程な」

 刀魔がクルスの言葉に、相槌を打つ。

「何かわかんの?」

 シャリアは先程までと一転して、今までの飄々とした表情に戻っている。

「まあな。…………多分クルスの云うとる雰囲気ちゅうんは、ワイんとこの国で云う『気』の事や」

「『キ』………ですか?」

「せや。まあ、こっちでは『マナ』ちゅうたほうが馴染みがあるな」

「何で『マナ』が出てくるのよ」

「まあ、こっからは武術的な話になるんやけど、普通、人は少なからず『マナ』を放出しとる云うんは知っとるな?」

 刀魔は周りの顔を見回し、何も云ってこないので話しを続ける。

「ここでぼうっと立っとってても『マナ』は微弱やけど出とる。動けば動いただけ『マナ』の放出量が変わってくるんや。人によって『マナ』の放出量には差があるんやけど、長い間一緒に過ごすとそれが似てくる。クルスの云うた『雰囲気』ちゅうんは、これの事やと思うて間違いない」

「それの何処が武術的なのよ?」

「まあ、これだけやと学問的な話や。せやけどこれは机上の空論でしかないと云われてきたんや」

「何でですか?」

「答えは簡単や。普通の人間にはそれを感知する事がでけへん。じゃあ、何でクルスがそれを感知する事がでけたか云うと、まあ、かなり専門的な説明になるから省くけど、武術家として優れた素質をもっとるからや」

「あんた、それは省き過ぎよ」

 シャリアが、あまりに大雑把な説明を刀魔がするので、呆れながら言った。

「せやな。けど、説明し辛いもんなんや。よく話しとかの『流れを読む』って云うやろ、それと似たもんやと思うてくれ。武術家は常に相手の先を読まなあかん、それは長年培った勘とか云うものやったりするけど、その勘が『マナ』やと思っとる。まあ、これはワイが師匠に散々云われた事なんやけどな」

「つまり僕は、先天的に『流れを読む』と云う能力が、高いと云うわけなんですね」

 クルスが確認するように云うと、刀魔は「まあ簡単に云うとそんな感じや」と云って頷く。

―――まあ強(したた)かな大人に囲まれて育てばそんな能力も高くなるよな

 クルスはそんなことを考えて自嘲の笑みを浮かべた。

「まあいいわ。で、あんたこれからどうするの?」

「え!?」

 急に声を掛けられ、クルスは思わず驚きの声を上げる。

「何驚いてんのよ?」

「いえ、考え事をしていたもので。……………一応、エルサレムに戻るつもりでいます」

 クルスは少し躊躇していた。今、エルサレムに帰ったとしてもラムサールの追手は消えるわけがない。むしろ、エルサレムにはクルスが失いたくないものが沢山あって、不利になるだろう。それでもクルスは帰る事を選んだ。自分の知らない所で失うより、自分の出来る限りの事をしたいと思っていた。

「どっちにしろ、先ずは身体を治さないとね。少なくとも3日は動かない方がいいわ。まだ身体が衰弱してるからね」

「………3日ですか」

「少なくとも動けるようになるには、よ。医者の云う事を聞いて、無茶はしない事ね」

「医者って何処に?」

 クルスの今いる部屋には、シャリアとファミリアのフィリアのほかには、いかにも医者には見えない刀魔の姿しかない。刀魔を医者だと思うよりは、シャリアが医者だと云われた方がまだ納得できる。

「何やねんその顔は………まあ信じられへんのはしゃあないけど………これでもワイは戦場を何度も体験しとるんや。いやでもこの程度の事は出来るようやないと、簡単に死んでまうからな」

「でも、シャリアさんは白衣も着て、貴方より遥かにそれっぽいんですけど」

 クルスが云い返すと刀真は呆気に取られた顔になり、その後ろでシャリアが必死に笑いを噛み殺していた。

「そんな下らん事云っとらんで寝とけ!!」

「安心していいわよ。手当てしたのはこいつだけど、診察したのはあたし。一応、あたしは医者の資格もってるから」

 刀魔はそう云うと、シャリアを伴って部屋を出ていく。

「……君も休んできたら?」

 クルスは部屋の隅に立っているフィリアに声を掛けた。

「私はファミリアですから、休まなくても大丈夫なんです」

「そう……だったね」

 クルスはそう云いながら、深いまどろみの中に囚われていく。

「でも、そう云って頂けて嬉しいです」

 フィリアの優しい囁きを聞きながら………

 

Scene3