第3章 <思惑を懐きし者>
 

「報告ご苦労。もう下がっていい」

「はっ。失礼します」

 ザクスは男が部屋を出るのを見て嘆息を洩らした。

「第一前線基地の爆発………識別できないほど酷い有様の死体………私の知らない所で何かが動いているようだな」

―――コンコン

 静かなノックの音が部屋に響く。

「開いている。入れ」

 ザクスは誰かを確認せずにそう云った。

「失礼します」

 そう云って扉を開けて入ってきた人物は、この部屋にはあまり相応しくない幼い顔立ちの少女だ。年は15歳、縁のない大きな丸い眼鏡をかけていて、髪は艶を持つ黒、セミロングより少し長いくらいの長さで、無理矢理後ろ髪をリボンでポニーテールにしている。

「クレオネルか………悪い知らせがある。クルセードが消息を絶った。と云うより生死不明だ」

 ザクスはまるで他人事のように告げる。しかし、クレオはそれに過敏に反応した。

「お兄ちゃんが!? どういう事ですか、ザクス様」

 クレオは自分の立場を忘れて声を荒げる。

「落ち着け、実はな。クルセードのいた、第一前線基地が壊滅した。原因は、内部から爆発された後が残っていたそうだ。ただ、クルセードはその時間、部隊を率いて敵機と攻戦中だったらしい」

「じゃあ、生きている可能性も…………」

「しかし、戦場から少し離れたところに、大破したクルセードの機体が発見された。どう考えていいか分からないが、クルセードはまだ見つかっていない」

「でもあのお兄………クルセード様がそう簡単に、死ぬとは思えません」

「ここには、私とお前しかいないのだぞ。クルセード様といわなくてもいい。普段通り、『お兄ちゃん』と呼んでやれ。………しかし、相変わらず私の事を、『父』とは呼んでくれないのだな」

「申し訳ございません。ただ、ザクス様はあまりに恐れ多い方なので」

 クレオは頭を下げながら云った。

「別にクレオネル、お前が頭を下げる事ではない。むしろ、私が謝らなければならんのだ。仕事にかまけ、自ら進んで養女としたにも関わらず、クルセードにまかせっきりでな。寂しい思いをさせたな、お前にもクルセードにも」

 ザクスは、本当に申し訳無さそうに云う。

「お兄ちゃんはどうか解りませんけど、少なくともボクは全然寂しくはありませんでした」

 クレオはそんなザクスに本音で答えた。

「そうか、では下がっていい。今後、クルセードの情報が入ったらお前に伝える。ソフィアーネさんには、お前から伝えておいてくれ。私は何時も、あの娘に辛い想いしかさせてないからな」

「解りました。でも、ソフィお姉ちゃんはいつでも幸せそうに見えますよ」

 クレオはそう云って部屋をあとにする。

「いつでも幸せそうか………私はお前達を幸せに……してやれたのだろうか?」

 ザクスは誰もいない部屋で、はっきりとそう呟いた。

 

 

 その部屋には黒髪を短く切りそろえ、精悍な顔立ちをした青年が何をするともなしにいる。

「クルスが消えたと聞いたが、それは本当なのか?」

 その青年――エクスの部屋に入ると同時に、栗色のロングヘアーを無造作に後ろで束ね、ダークブラウンの瞳を持つ美女――セフィリアはそう云った。

「本当だ」

「それでは、例の計画とやらが狂ってしまうのではないのか?」

「知らん。そんな事は向こうに任せておけばいいのだ。我々は、ただ云われたままに動けばいい」

 エクスはセフィリアの問いに、あくまで平静を乱す事無く答える。

「それでいいのか? 私達はこのままでいいのか?」

「……………俺にはどうする事も出来ない。そうしなければ母さんとの約束を違えることになる。お前を巻き込んで本当に済まないと思っている」

「その事に関しては気にするな。私は3年前から、お前についていくと決めたのだから」

 セフィリアは優しげな笑みを浮かべて云うと、エクスは複雑な表情をした。

「俺は、お前には戦いの中に身を置いて欲しくは無いのだが………」

「それは出来ない。私はお前と共に生きて行きたいのだからな」

 エクスはセフィリアのその頑なまでの姿勢に感動を覚えながらも、自らが不幸に貶(おとし)めてしまう事を悔いてしまう。

『もし』と云う言葉が現実に起こりうるものならば、セフィリアに自分の事を忘れて欲しいと願い、片隅では現状に満足してしまっている。

「…………俺は我が侭なんだろうな」

 エクスの口から、そんな言葉がポツリとついて出た。

「人間なんて、多かれ少なかれ我が侭な生き物だ。エクスに始まった事じゃない。私だって我が侭だ。その我が侭のお陰で、こうしてエクスと共に居られる。強ち(あながち)馬鹿にしたものでもない」

(俺はその我が侭のせいで、こうして悩んでいるわけか………これは吉なんだろうか、それとも凶なんだろうか………刀魔だったら間違い無く凶ととるのだろうな)

 エクスは、この世で唯一尊敬する兄弟子と自分を重ねようとしたが、明らかに違う生き方を選んできた為、どうやっても重ねる事が出来ずに諦めた。

(俺は、あいつのように修羅の道を歩む事は出来そうに無いな)

 

 

「エエか、まず戦う時の心構えを教えたる。構えたら情けをかけるな。情けをかければ剣が鈍る。剣が鈍ればお前が死ぬか、相手を苦しめるかのどちらかの結果しかでない」

 刀魔は、クルスに戦い方を教える前にそう云った。それはとても理に叶った事ではあるが、今のクルスにはその決心はつきそうにない。

 クルスはこの前の事でシャリアに、「あたしの創ったフィリアに怪我がなかったからよかったものの、なにかあったらどうするつもりだったの!!」と酷く怒られはしたものの、クルスは刀魔の所に受け入れてもらえてから、もうすでに1週間が過ぎた。その間ラムサールからの直接的な動きは無く、クルスは刀魔にみっちりとしごかれている。

 クルスは今、訓練の合間を縫って街を散歩していた。と云うより散歩させられていたと云った方が正しい。クルスの手の中には一枚の紙があった。その紙には、日用品から何かに使う部品と思われる物までびっしりと書いてある。つまり、クルスは今、使いっ走りとなっているのだ。

(日用品はいいとして、発光ダイオードとか基盤は何処に行けばいいんだろ?)

 クルスは、そんなことを考えながら街を歩いていた。暫らく歩いていると、後ろからクルスと全く同じ歩調でついてくる人物がいるのを感じ、クルスは警戒しながら徐々に人気のない裏路地に入る。

(何か最近、こんなことに慣れてきたな)

 クルスは心の中だけで呟くと、素早く横道に入って、追跡者の行動を待った。

 おそらく急にクルスが消えて驚いたのだろう。追跡者が走りだしクルスの潜んでいる横道を通り越そうとした時に、クルスは追跡者の脇腹に思いっきり肘を入れる。

 追跡者は反対側の壁まで吹っ飛び、昏倒した。

「…………何か呆気ないな」

 クルスは違和感を感じながらも、自分が吹っ飛ばした追跡者に近寄り、顔を確認しよう追跡者の前でしゃがむ。

「動かないでもらおう」

 抑揚のない低い男の声と同時に、クルスの後頭部に冷たく硬い、細長い何かが押し当てられた。

「僕に何のようですか?」

 クルスはこんな状況に置かれても冷静さを失わない。

「死んで欲しいだけだ」

「じゃあ動いても構わないね」

 クルスはそういうと同時に、左足を軸にして水平蹴りを放つ。

 クルスは男が体制を崩すのを見ると、手にしていた銃を蹴り上げる。男はそのまま体勢を持ち直す事は出来ず、尻餅をつく。

「これで形勢逆転ですよ」

 クルスは蹴り上げた銃が手に納まると、男に向けた。男と云うよりは、少年と称した方がはるかに相応しい人物だった。邪魔にならないギリギリの長さで切り揃えてある、ややくすんだ感じのする金髪に黒茶の瞳、中性的な顔立ちをしていて、とても荒事に向いているようには思えない。その点に関しては、クルスも人の事を云えたものではない。

「さて、所属と名前を教えてもらいましょうか」

「光よ、消えろ」

 少年がそう云うと、クルスの眼に急に光が失れ、クルスの目を眩ます。

「っく」

 クルスが目を眩ませて顔を背けた瞬間、少年はクルスを蹴り飛ばし、体を起こした。

「………俺の名はエルスリード・ラムサール。所属はエルサレム・セキュリティだ。これで文句はないか、クルセード」

 エルスリードと名乗った少年が、銃を奪い、クルスに向ける。

「………まさか、君自ら来るとは思わなかったよ。一応、初めましてかな」

 クルスは、まだ視力が回復していないにも関わらず、あくまで余裕をなくさずに話しかける。もし、ここで冷静さを失えばそれは即、死に繋がる、クルスは直感的にそれを悟っていた。

「いいや、さよならだ」

 エルスリードはそう云って、引き金に指をかける。クルスは未だ打開策が浮かばず、焦り始めた。

「こんなことをするのが君の本意なのか?」

「さあな、考えたことはない。俺はただの駒の一つに過ぎないからな」

 エルスリードは淡々と応える。

「なぜ自分で考えようとしない?」

「疲れたのさ、総てにな。恵まれた環境で育ったお前には、解らないだろうが」

 エルスリードは淡々とした声で感情を見せない。

「恵まれた環境? 僕の何処がだ!!」

 クルスは、エルスリードの一言に感情を爆発させる。クルスは身を屈めて、先程の会話で大まかに掴んだエルスリードの位置へと飛びかかり、エルスリードの身体を掴むと、そのまま体重を乗せて身体を倒す。

 エルスリードは咄嗟のことに反応が遅れ、懐に入られ、引き金を引くことが出来なかった。

「そう云うところがだ!!」

 あくまで感情のこもらぬ声でそう云うと、エルスリードは倒されながらも器用に足を跳ね上げ、クルスの後頭部に蹴りを入れる。

 予想しなかった反撃にクルスの手が緩み、エルスリードはその一瞬の隙をついてクルスから離れた。

「もう、おしゃべりはお終いだ。死ね」

 クルスとの距離を充分にとり、エルスリードがそう云って引き金を引く。

「…………っ!!」

 クルスは銃声に身を硬くし、死を覚悟したが、一向にその時はこなかった。

「おイタはその辺で止めておきなさい」

 クルスとエルスリードの間に、第3者の声が響く。

「っく!! ここはひとまず退いておく」

 エルスリードはそう云うと、その場から身を翻し、去っていった。

「大丈夫?」

「有り難うございます。貴方はいったい?」

「私はガイア。ガイア・アースライトよ」

 クルスは彼女の名前を頭のなかで反芻する。

「僕達、初対面ですよね」

 クルスは、聞き覚えのあるような名前なので確認をした。

「ええ、そうね。確かに初対面だわ」

「なぜ僕を?」

 クルスは警戒しながら聞く。

「あたし好みのいい男だから」

 ガイアは、あくまで戯けた雰囲気を崩す事無くいう。

「目の方はまだ回復しないの?」

「ええ。…………僕が、何で目が眩んでいるのか知っていますか?」

「あの子の『力』でしょ」

「怖くはないんですか?」

「別に………それよりも家まで送ってあげましょうか?」

「遠慮しておきますよ。まだ、貴方が何者なのか解らないですからね」

 クルスは遠慮なくそう云うと、ガイアは優しく微笑む。

「賢いわね、でも甘い。強さと脆さが同居している、本当に面白い子。…………あら? お迎えが来たみたい。あたしはもう退散するわ」

 ガイアはそう云うと、その場から姿を消す。クルスは咄嗟に気配を追ったが、捉えることすら出来なかった。

「クルス、無事か?」

「その声は刀魔さん」

 クルスは刀魔の声のした方へ振り向く。徐々に回復してきた視力に、おぼろげな刀魔の姿が映る。

「何やねん、遅いから来てみれば、こないなとこでぼうっと突っ立ってからに」

「すいません。実はまた襲われまして」

「そいで勝ったんか?」

 刀魔はクルスの心配より先に、そんなことを聞いた。

「微妙なとこですね」

 はっきりとしない物言いに刀魔は訝しむ。

「どういうことや?」

「実は、ある人に助けてもらったんですよ」

「誰やねん?」

「ガイア・アースライトって云う女性なんですけど、知りませんか?」

「聞いたことあらへんな」

 刀魔は少しの間考えるそぶりを見せたが、すぐに止める。

「ただ者じゃありませんよ」

「何でや?」

「相手は、コクーンを持っていましたから」

「なんやて!? せやったらそのガイアっちゅう女も、コクーンを持っとんのか?」

 刀魔は、今までの戯けた雰囲気をいきなり崩す。

「おそらくは………」

「何のコクーンや? 『風』はエクスやろ、『土』はセフィリア、ワイは『雷』やし」

「『水』はソフィ、『火』はクレオが……」

「せやったら残るは『光』と『大地』だけか………『闇』はワイの知っとる男やしな」

 刀魔の後半の言葉は、独り言のように口の中だけで呟いていた。

 クルスは襲撃者について簡単に語り、刀魔に意見を求める。

「エルスリードが使ったコクーンは何だと思いますか?」

「そいつのせいで眼が見えへんのやろ。そうなると恐らく『光』のコクーンやな」

「『光』…………ですか。でも何故、光を直接ボクに使わなかったのですか?」

「わからへん。ただ云えるのは、『光』には常に『影』が存在しているっちゅうこっちゃ。それよりもそのガイアとか云うやつや。そいつがコクーンをもっとるとしたら『大地』しかあらへん」

 刀魔はクルスの質問に即答すると、話の話題をガイアへと戻す。

「同じ属性のコクーンがあったとしたら?」

「それは有り得へん。コクーンは常に、九つと決まっとるからな」

「じゃあ、僕のコクーンは何なんですか? 光と雷、そして風を使えるんですよ。三つの属性が重なっているじゃないですか」

「それは重なっとるんとちゃう。お前んは、その三つを身に宿したコクーン。『天空』のコクーンや」

 刀魔は、そんなことも知らないのかと云いたげな表情で云う。

「『天空』?」

「せや、『大地』と並ぶ最強のコクーンや。然し、そのガイアっちゅう女が『大地』のコクーンをもっとったとして、何でクルスを助けるんや?」

「別に『大地』のコクーンを持ってても、僕を助けない理由にはならないんじゃないんですか?」

「なるんや。それは追々話すとして、帰ろか」

 刀魔はそう云うと、さっさと歩き始める。

(『コクーンは常に九つしか存在しない』………刀魔さんの言葉が本当だとしたら、シルフィは? あいつの持っているコクーンはさっき刀魔さんがあげたコクーンのどれでもない。もし………新種が存在するとしたら)

 クルスは、自分の想像が突飛のないものになりつつあるのに気付き、考えるのを止めて刀魔を追った。

 

Scene2