第4章 <道を歩みし者>
 

 プリンセスガード叙任式。

 そこでウツロは、初めてミズキ王女殿下と、コウキ王子殿下の顔を見る。

「汝、第六階級騎士ウツロよ。汝の力を認め、ここに王の名の下にプリンセスガードとする。汝の誓いをここに立てよ」

「は。我が全てを賭けて、プリンセスをお守りすることをこの剣に誓います」

 ウツロは腰に下げてある剣を抜き、王に掲げながらそう言うと、自らの指に切り傷を作り、目の前に置いてある杯に2、3滴垂らした。

 その杯を祭司が、ミズキの元へと持っていく。ミズキは、恭しくその杯を受け取り一口飲んだ。それをもって叙任式は終了を向かえ、新たなプリンセスガードの誕生を祝う宴が始まる。

 その暫く後、ウツロは先輩の騎士から激励を受け、ようやく一人になることが出来た。

「騎士ってもの自体、俺には向いていないのかもしれないな」

 ウツロは城のテラスで一人呟く。

「随分と弱気なのですね」

 不意にかけられた声に、ウツロは過敏に反応する。

「そんなに驚かなくても良いじゃないですか。ここは私(わたくし)の家なのですから、何処に私(わたくし)がいたとしても不思議はないでしょう」

 そこには、ミズキが微笑みながら立っていた。

「プリンセス。この遅い時間に、このような場所に何の御用ですか?」

 ウツロは至って冷静を努めようとするが、王女を前にしているのと不意をつかれたことで動揺している。

「貴方に会いに来たのですよ。新しいプリンセスガード様」

 ミズキは、少し茶目っ気を出してウツロを呼んだ。

「それは光栄です、プリンセス。これから私のことはウツロとだけ呼んで下さい。プリンセスに様付けで呼ばれるほど、私は偉くないのですから」

「では、私(わたくし)のこともミズキとだけ呼んで下さい」

「そんなこと出来るわけが…………」

 ウツロは、ミズキの言葉に明らかに狼狽している。

「何故ですか?」

 そんなウツロをお構いなしに、ミズキは話を進めようとする。

「あなた様は私が仕えるべきお方。その様なことは……」

「私(わたくし)は、貴方に様付けで呼ばれるほど偉い生き方をしているわけではありません。ただ、お父様の娘としてこの世に生を受けただけ。その為に同年代の女の子がすることも知らず、友達もできない。唯一の話し相手は弟のコウキだけ…………それが偉い生き方と云えますか?」

 ミズキは今まで溜めてきた何かを吐き出すように云う。

「つまり、俺と友達になりたいって事だな」

 ウツロは、ミズキの云いたいことを自分なりに要約して云った。

「それならそうと云ってくれ。下手に気を使って損した気分だ」

 ウツロが戯けて云ってみせると、ミズキが小さく声を立てて笑い始めた。

「やっぱり、ライガ軍団長の云ってた通り、楽しい方なのですね」

「………あの人から聞いたのか。じゃあ、俺が戦災孤児って事も知ってるんだな。それで興味を持ったのか?」

 ウツロは少し冷たい声色で云う。

「いえ、私(わたくし)はただ、ライガ軍団長から貴方の人柄を聞いて……その……お友達になって欲しかっただけです」

 最後の一言は、ミズキは顔を真っ赤にして聞き取れないくらいの小さな声で云う。

「なら良いけど……ただし、俺がミズキに友達として接するのは二人っきりの時だけだからな」

「はい!」

 ウツロの言葉にミズキは嬉しそうに答えた。

 

 

 

 クレオはその部屋の前で迷っていた。

 その部屋の主は、きっと今そこで泣いているだろう。最愛の者を亡くした哀しみ、それはクレオも同様なのだが、クレオにはどうも現実味がないものに感じられ、泣く事は出来ないでいた。

 クレオは意を決して呼び鈴を鳴らす。

「はい、今開けます」

 ドアの奥から、力は弱いが凛とした声が聞こえる。

 暫らく待つとドアが開き、中からソフィが顔を出した。その顔は涙に濡れている訳ではなく、いつもと同じ優しい表情をしていた。

「ソフィ…お姉ちゃん?」

 クレオは、自分の予想していた表情と違うので、驚きの声をあげる。

「クレオちゃん、丁度いい所に。お願いしたいことがあるのですけどいいですか?」

「え? 別にいいけど………何?」

 クレオは一瞬で、ソフィのペースに呑まれていた。

「一度、クルセード様が消えた場所へ行きたいのです」

「いいよ。ボクも一度行こうと思ってたから」

 ソフィの思わぬ提案に、クレオは二つ返事で了承する。

「では、すぐ行きましょう」

「へ?」

 あまりに突然の事で、クレオは言葉をなくす。

「クレオちゃん準備はいい?」

 ソフィは、クレオの返事を聞かずにクレオの手を引っ張り、歩き始めた。

「私も一緒に連れてって貰えない?」

 ソフィ達の背後に新たな人物が現れ、呼び止める。その人物は光の具合によっては蒼くも見える黒髪を綺麗に伸ばし、碧い瞳を持ち、全身から落ち着いた雰囲気を醸し出す美女だった。

「シルフィさん。どうしてここに?」

 意外な人物の登場に、クレオが声をあげるが、ソフィは予想していたかのように表情を変えない。

「お約束ですものね。一緒に行きましょう」

 ソフィは優しい笑みを浮かべて、シルフィの同行を了承した。

 

 

「流石、ガーディアンですわ。こんな短時間でここまでこれるなんて」

 ソフィは、三つ編みに結った髪を風にたなびかせながら呟く。

「それにしても何もないわね。本当にこんな殺風景なとこであってるのかしら?」

 シルフィは辺りを見回しながら云う。

「はは、ここまで来ちゃった。ザクス様にもエクスさんにも何も断わってないや」

 クレオは、満足そうな表情を浮かべるソフィや、怪訝そうな顔のシルフィとは違い、やや自嘲めいたものを感じさせる。

「貴方達、何者?」

 それぞれの感想を噛み締めている三人に、声をかける人物がいた。

「すいません。ボク達は観光客で、この近くでなんか大きな戦闘があった現場を見たいなと思って」

 クレオは咄嗟に嘘をつく。もしここで、エルサレムの人間であることを明かせばどうなるか分かったものではない。

「観光? こんな何も無いところにか?」

「クレオ、嘘をつく必要はないわ。この人はハーティ・クロイアーズ。クルスを最後に見た人物よ」

 シルフィはクレオにそう云うと、ハーティは目の前の人物達が何者か感づいた。

「貴方達、エルサレムの人間だな」

「そうよ。でも安心して、私達はラムサールじゃないわ」

 シルフィとハーティはそのままじっと見詰め合う。

「この子はクルスの妹、それでこっちはクルスのお嫁さん」

「嫁!! と云うことはもう一人の『ジーザスチルドレン』ソフィアーネ・カールスタールか!?」

 シルフィの言葉にハーティが驚きの声をあげる。

「そうよ。まあ、政略結婚なんだけどね」

「その云い方は止めてください」

 今まで黙っていたソフィが、シルフィの言葉に抗議した。

「しょうがないでしょ。クルスなんて当日まで結婚のこと知らなかったって云うし、充分政略結婚よ。でなきゃ私は納得出来ないわ」

「その二人の素性は分かったが、貴方は?」

 話しが脱線しかけていたのでハーティが話しの流れを戻す。

「私? 私はクルスの愛人………と云いたいところだけど、いいとこ親友かな」

 シルフィは少し哀しそうな表情で応える。

「そっちの素性は分かったが、こんな辺鄙なところに何のようだ? ここには何もないぞ」

 ハーティは三人にあくまで冷たく振舞う。

「クルスが消えた場所を見ておきたくてね」

「無駄だ。クルセードは消えたんだ。去ったわけじゃない」

「それってどういうこと?」

「…………………クルセードは私の目の前で光と共に消えた。そうとしか説明のしようがない」

 シルフィの疑問にハーティは少し考えてから云う。

「では、クルセード様は死んだわけではないのですね?」

 ハーティの説明に、ソフィは喜びを隠せずに聞いた。

「まあ、クルセードの死を私は確認していない。然しここ最近、ラムサールに怪しげな動きがある」

「さっきもだけど、何でラムサールが出てくるの?」

 クレオは、さっきから引っ掛かっていたことを聞く。

「クレオ、気付いていないの? あんたも結構鈍いわね」

 シルフィが少し呆れたように云う。

「しょうがないだろう。それだけラムサールが狡猾だと云うことだ。…………いいか、クルセードを攻撃したのはラムサールだ。ラムサールはクルセードの命を必要に狙っている」

 ハーティの言葉にクレオは総て納得できた。あれだけの腕を持ちながら、何故クルスが撃墜されたかも、そして何故クルスが姿を消したのかも。

「さっき、ラムサールが怪しげな動きをしてるって云ったわね。具体的にはどんなことをしてるの?」

「時間はあるか?」

 シルフィの言葉には応えず、ハーティはそこにいる全員の顔を見て聞いた。

 その言葉に全員が頷く。

「じゃあ、ついて来てくれ」

 ハーティはそう云うと、背を向けて歩き出した。

 ソフィ達は何も云わず、その後に続く。

 

Scene2