クルスは刀魔に案内されるまま、地下への階段を降りていた。
無限に続くかとも思えるその階段に、ようやく終わりが見えてきた時、クルスは始めて口を開く。
「ここは何処なんです?」
「ここか? ここは反企業組織の本拠地や」
刀魔は歩きながら応えた。そして扉を開け中へと入る。中は広いホールのような空間だった。
「『反企業組織』?」
クルスは聞きなれない言葉を繰り返し、刀魔に説明を求めた。
「企業の中にもエエのも、悪いんもある。取り敢えず、その選別がめんどくさいんで、そう云う奴を全部ひっくるめてなくしてしまおうっちゅう組織や」
「刀魔君。それはあまりに大雑把過ぎる説明だよ」
刀魔の説明に急にクレームをつけた人物がいた。
「…………貴方はアレクス・カールスタール!?」
クルスは、その人物が見知った顔であることに驚く。それは、自分の義兄にあたる人物だった。
「ようこそ、クルセード・エルサレム君。私がこの組織を率いている。では、我々の活動について説明しよう」
「いいです。別に僕は、あなた方が何をしようが興味ありません。ただ情報を下されば、ラムサールは僕が潰します」
クルスは、説明をしようとするアレクスの言葉を遮り、自分の云いたいことだけを告げる。
「君一人でかい?」
「一応、ワイもやるつもりや」
「君の………いや、君達の強さは充分に知っているつもりだが、それでも無理だ。ラムサールは、セレストとは比べものにならないほどの軍事力を持っている」
アレクスはあくまで冷静にそう云う。
「僕は貴方達の仲間になりに来たわけじゃない。あくまで、ラムサールを潰す為の情報を得に来たんです。それが出来ないのでは、帰らせてもらいます」
「そうはいかない」
今来た道を戻ろうとするクルスに、アレクスはそう云うと、クルスの目の前の扉のシャッターがしまり、アレクスの背後から屈強な男が現れる。
その男はアレクスの前に出ると、クルスの肩を掴んだ。
「我々に協力しては貰えないかな?」
その声は先程までと変わらぬ調子だったが、その中には明らかに脅迫の意味も含まれていた。
クルスはその言葉に何の反応も示さない。
「刀魔君。君からも何か云ってくれないかな。このままだと、クルセード君が痛い目を見てしまうよ。君ほどではないにしろ、彼は名の知れた傭兵なんだが……」
然し、刀魔も何の反応も示さず、アレクスは無言で男に命じた。
「大人しくしてくれよ」
男はそう云って、クルスを素早く振り向かせると、ボディを一発殴る。
「一発は一発だ」
クルスはそのボディブローに表情一つ動かさず、冷たくいい放った。
クルスは男に感情を込めず、「しっかり受けとめろよ」といって掌を当てると、辺りの空気が震えた。
「急所は外した。手当てが早ければ死ぬ事はないよ」
クルスが冷たく言い放つと、男がゆっくりと仰向けに倒れていく。
その様子にぼっとしていたアレクスは、我を取り戻し、素早く命令を下し、男を医務室へと運ばせた。
「僕は誰かの下につくつもりはない。もう企業なんて物に執着する気もない。ただ、確かな情報が欲しいだけだ。貴方は僕に情報を提供する。僕はその情報を元にラムサールを潰す。たとえ僕が失敗しても貴方達には何のリスクもないはずだ」
アレクスは暫らく悩んだ後、口を開く。
「………………いいだろう」
それは苦肉の決断と言わざるを得ないだろう。
「で、何が知りたい」
「ジェイク・ラムサールと、エルスリード・ラムサールについて知っていること、総て」
クルスの言葉にアレクスは意外そうな顔をするが、すぐにいつもの表情に戻す。
「それは随分と……………ここのコンピュータを自由に使ってくれ。必要な情報は自由に引き出してもらって構わない」
「じゃあ、何処か落ち着ける部屋を貸してもらえますか」
「カリア、案内してやってくれ」
アレクスがそう云うと、クルスが入ってきた時とは別の扉から、メイドの格好をした女性が現れる。
女性は何も云わずにクルスと目を合わせると、来た時とはまた別の扉に向かって歩き出した。
「彼女について行ってくれ」
アレクスはそれだけ云うと、カリアが出て来た扉へ入る。
クルスと刀魔はお互いに何も云わず、カリアの後へと歩き出す。
少し歩くと、幾つもの扉が並ぶ廊下に出て、カリアはその中の一つの扉を開けた。
「有り難う」
クルスがそう云うとカリアは軽く頭を下げ、もと来た道を戻って行く。
「無愛想なやっちゃな」
「あれがファミリアって物ですよ」
刀魔の呟きにクルスは素早く云うと、刀魔は驚く。
「あれがファミリア!! フィリアとは偉い違いやな。けどお前、よう気付いたな。全然分からんかったわ」
「昔から、ファミリアは周りにいっぱいありましたから。フィリアさんは異常なんですよ。あの技術は今の十年は先を行っています」
クルスは振り向きもせずに刀魔の問いに応えると、部屋のなかに入り、隅においてある端末に手を伸ばした。然し、ふとクルスの手が止まる。
(…………そう云えばおかしい。何故彼女はあれだけの技術を持ちながら、クアイズで細々と暮しているんだ? ラムサールもあれだけの技術を前にして、何故彼女の命を奪おうとする? フィリアさんには、何か秘密があると見て間違いない。そしてラムサールはそれに気付いている。だから惜しげもなく、あのシステムを葬り去ろうと出来る。つまりあのシステムは量産できるものじゃない。むしろこの世界にはあってはならないもの………そう考えるのが妥当か)
「どないしたんや? さっきから黙って」
「刀魔さん。フィリアさんのメンテナンスって、どれ位の周期でやってました?」
「どれ位て………せやな、どんなに長くとも一週間も間、空けとらんかったような気ぃするな」
刀魔はクルスの質問に答えるが、それがどんな意味を持つのかさっぱりわからない。
「一週間………随分と短い周期でやってるんですね」
「せやな……けど、それがなんかおかしいか?」
「充分おかしいです。ふつうファミリアは、メンテナンスをさほど必要としません。せいぜい一年に一度。………つまりフィリアさんは世間一般のファミリアとしては異常です」
クルスはきっぱりと云いきった。それによりクルスの中で疑念がより大きくなっていく。
「まぁそないなことより、はよラムサールの情報を見ようやないか」
「そうですね」
クルスは気を取りなおして端末を起動させた。
『クルセード君。済まないが一度スタッフルームの方へ来てくれないか?』
部屋の中にあったスピーカーからアレクスの声が響く。
「………さっきも云ったと思いますが」
『それどころではない。君にも充分関係のあることだ。すぐ来てくれ』
アレクスはクルスの言葉を途中で止め、冷静な声色でそれだけ云うと一方的に途切れた。
クルスはアレクスの言葉に事の大きさが見え、何も言わずに部屋を出る。
俺は夢の中にいた。
いや、これは夢なのか? 現実なのか? それとも幻?
そんなことは関係ない。ただ『それ』が俺に不快感を与える。
俺がなくした『何か』を見せつけられるようで………
エルサリア王宮の中庭でライガはゆっくりと散策していた。
「近衛親衛隊か………俺は常に前にいたいんだがな」
誰に告げるともなくライガがこぼした。
「しょうがないですよ。貴方は前線に置くにはあまりにも惜し過ぎる人材なんですから」
ライガより先にその場所に来ていた人物が、ライガの呟きに応える。
「殿下、どうしてここに?」
人に聞かれたくない呟きを聞かれてしまい、バツの悪そうな顔でライガは殿下――コウキに聞いた。
「ここは私の家です。何処にいようが、私の自由と云うものでしょう」
コウキはやや不機嫌そうに応える。
「どうやら殿下も御機嫌斜めのようですね」
「貴方には関係ないでしょう」
「それは友人に姉を取られたからですか? それとも姉に親友を取られたからですか?」
「ウツロは姉上を私から取り上げた訳ではない。ただ、プリンセスガードの役職についただけだ。ウツロが姉上と共にあるのは仕様のない事」
コウキは自分に言い聞かせるように呟く。
「それは申し訳ない事を云いました。お許しを、殿下」
ライガは、まるで悪いと思っていない口ぶりで頭(こうべ)を垂れると、コウキと目を合わせお互いに笑い出す。
「貴方と話して少しすっきりしました」
「この程度の事、お安い御用で」
ライガは改めてコウキに頭を下げる。それは先程と違い、そこには確かな主従関係が存在していた。
「これからこの国は、どうなると思いますか?」
コウキは、今にも戦争に巻き込まれそうな自国を憂いてライガに問う。
「『見通す者』アンヤの知略は本物です。彼にかかれば、普通の国など一月もいらないでしょう。しかし我が国には、賢王ハロルド様がいらっしゃる。そしてフウマも前線を退いたとはいえ、最も平和を望む者の一人、いざとなれば剣も持ちましょう」
「父上の知略は『見通す者』アンヤを凌ぐと思いますか?」
「いいえ。しかし彼は一人。我々には数え切れぬ仲間がいます」
「彼は一国の軍師、一人とはいえないのでは?」
コウキはライガの言葉に納得できずに聞き返す。
「一人ですよ。彼が持っているのは『駒』だけです。仲間ではありません」
「仲間………ですか。それでも私はあの男が恐ろしい。三国会議で始めてあった時の、あの底のけして見る事が出来ない暗い紫の瞳」
コウキは思い出したのか、自らの身体を抱いて懸命に震えを止めようとする。
「大丈夫です。いざとなれば私が貴方をお守りします。私が女性以外をお守りするのは、レアですよ」
ライガはコウキに向かってそう云って笑いかけた。
コウキはその笑顔に我を取り戻す。
「それは嬉しいですね。でも、貴方は本当は私などより母上を守りたいのではないのですか?」
コウキは照れ隠しとして、ライガがあまり触れて欲しくない話題を振った。
「殿下!? 私はもうステイシア様の事は何とも思っておりません」
「冗談です。でも私は、人が人を想う事は自由だと思いますよ」
コウキはそう云うと今だその場所を動かないライガを置いて立ち去る。
そして戦争が始まる
エクスは自室で残務処理を行っていた。
「この手の仕事は、何時まで経ってもなくならない物だな」
エクスは愚痴をこぼしながら、次々と終わらせていく。
――――ピッ
短い電子音と共にエクスのパソコンにメールが送られて来た。
「また仕事か」
エクスはそう云うとメールを開いて見る。
暫らくそのメールを凝視したが、エクスは意を決したように口を開く。
「これは………ハードな仕事になりそうだな」
エクスは椅子に座りなおすと、深く溜息をついた。
エクスは立ち上がり、部屋を出る。
「………エクス、探したぞ」
エクスが部屋を出ると同時に、ぶっきらぼうな声がかかった。
「エル………スリードか」
エクスは声をかけてきた人物を確認すると、その場に立ち止まりエルスリードが近付いて来るのを待つ。
「何のようだ?」
エクスは冷たく言い放つが、エルスリードは表情を変えずにエクスを見つめる。
「この前、クルセードと戦った。然し、奴は『力』を使わずに戦っていた。俺は『力』を使わなければやられていた。正直に教えてくれ、俺はクルセードよりどれ位弱い?」
エルスリードは抑揚のない声で云う。その間、表情を変える事はない。
そんなエルスリードを見て、エクスは優しい笑みを浮かべる。
「確かにお前は弱い。クルスよりも、俺よりも。然しそれを認める事が出来ると云うことは、お前は確実に強くなっている。素質はおそらく俺よりある。努力する事だ」
「俺は、本当に強くなれるのか?」
「そうだ。それにはまず、お前は自分の武器を見つけろ。銃なんかに頼っているようじゃ強くはなれない」
「分かった。じゃあ、今度の仕事が終わったら稽古をつけてくれ」
「ああ、俺も今回の仕事が終われば随分と暇になるはずだ。それと余り寝ていないだろ? 充分に睡眠をとらないと身体が育たないぞ。お前はまだ成長期なんだから、その辺の事にも気をつけろ」
「…………最近夢見が悪くてな。夢って奴は、例えこっちが望んでなくてもお構いなしに来やがる。俺は思い出したくないってのによ」
エルスリードは言葉を濁しながらエクスに応えると、エクスは何も云わず背を向けて歩き出した。
「淡い期待など遠に捨てたはずだ。これでいい。そう、これで俺はもう戻れなくなる」
エクスは誰にも、自分にさえも聞こえないくらい小さな声で呟く。その表情は辛そうなものだった。
そしてエクスは、目的の部屋の前に来るまでにはいつも通りの顔に戻っていた。
エクスはドアをノックしようとし、一瞬躊躇したものの、すぐに気を引き締めてノックする。
「開いている。入れ」
部屋の主がそう声をかけてきたので、エクスはドアを開けて中へ入った。
「失礼します」
エクスが中に入ると、そこにはザクスが一人椅子に座っている。
「エクスか………何のようだ?」
ザクスはエクスの姿を確認すると、用件を聞いた。
「貴方には小さい頃からお世話になりました。幼い頃に母を亡くし、弟まで行方不明となった私に、貴方はまるで父親のように接してくれました。そして、私の我が侭でムラクモへの留学まで援助してくださり、なんとお礼を云って云いのか。………私は本当はこんな事などしたくはない。しかし、やらなければ折角見つけた弟が………」
「そうか………それほどまでに時間が経ってしまったのか。私のした事は結局、無駄になってしまったな」
エクスの言葉にザクスはそう呟く。
「しかし、今私が消えると云うとこがどんな問題を起こすか分かっているのか?」
「私は分かっています。然し彼らは………きっと分かっているのでしょうね。分かっていて、あえてそれをやろうとする」
エクスは苦虫を潰したような顔で云う。
「別に私は許されようとは思わない。ただ、弟の……エルフィードの未来さえ約束されるなら、どんな事でもする」
エクスはそう云うと、身体に風を纏い始める。その瞳は黒から銀へと変化する。
「例え世界中がお前を許さなかったとしても、私はお前を許そう。………シルヴィア、済まん」
ザクスは微笑み最後の言葉を呟くと机の引き出しに隠してあった銃を取り出し、己のこめかみにあて、躊躇なく引き金を引いた。
それは一瞬の出来事だった。ザクスを殺そうとしていたエクスにも、何が起こったのか理解するのにかなりの時間がかかった。
「…………何故貴方はそんなに……」
エクスは言葉を途中で切る。その後に続く言葉がエクスにも判らなくなったからだ。優しすぎるのかと云いたかったような気もするし、強いのかと云いたかったような気もする。然し、結局はエクスは言葉を紡ぐ事は出来なかった。
「ご苦労様です」
エクスの背後に、闇と共に一人の男が現れ、声をかける。
「…………これでどうする気だ」
エクスは振り向かずに云う。
「クルセード様に暫らく、ここに来れないようになってもらいます」
「そう云う事か」
エクスはその一言で、男が何をしようとしているのか分かった。
「君は変わったな。今のお前を見たら鞘香はどう思う?」
「別に死人はどうも思いませんよ。それに鞘香は私のこの姿を拒んだ。だから死んだんです」
「『殺した』だろ。ムラクモを潰しエルサレムを潰し、お前はいったい何を考えているんだ?」
「………闇は影とは違う。光がなくても存在できると云うことを、証明したいだけです」
男は愉快そうに声を出さずに笑う。
「そんな事のために………」
「もちろん、それだけの為じゃありません。これは星が望んだ事なのですよ」
男は云い終わると、男の言葉に何の反応も示さないエクスに近づき、耳元で囁く。
「貴方の大切な弟の為です。頑張って働いてください」
エクスは悔しそうに下を向き、下唇を噛み締める。その力は徐々に増し、終いには下唇を噛み切り、血を滴らせた。
「では、次の仕事までゆっくりと休んでください」
男はエクスの様子を実に楽しそうに眺め、そのまま現れた時と同様に闇と共に消える。
「聖刃(せいは)、お前は心まで、闇に囚われてしまったのか」
エクスは、消えてしまった男には届かない言葉を呟く。