ソフィ達はハーティの案内で反企業組織北方基地を訪れていた。通された部屋はオペレーティングルームのようで、辺りには無数のコンピュータとモニターが所狭しと並んでいる。
「それで、ラムサールの動きってのはどういう事?」
シルフィは着くなりハーティにそう問い質す。
「最近ラムサールのシークレットサービスの連中が頻繁にクアイズの町を訪れているのだ」
「…………つまりクルスがクアイズにいると?」
シルフィは単刀直入に聞く。ソフィとクレオも最も聞きたい事なので、固唾を飲んで答えを待った。
「そうとも言い切れない。ラムサールは過去に何度か、クアイズにシークレットサービスを送りこんでいる」
「クルスがいるとは云いきれ無い、けどラムサールが動く何かがある。と貴方達は睨んでいるのね?」
シルフィの問いに、ハーティは首を立てに振るだけでこたえる。
「そう、その何かがクルセードである可能性は大いにある」
「分かったわ。私達の聞きたい事はこれで全部。帰らせてもらうわ」
シルフィはそう云うと振り返り、来た道を戻ろうとする。
「帰らせていいのか?」
ハーティ達の会話を黙って聞いていたメンバーを代表して男が聞く。
「いいわけありません。彼女達を捕らえなさい」
ハーティとは別の人間がそれに応える。
「やっぱり、すんなりとは帰して貰えないみたいね。クレオ、頼むわよ」
シルフィがそう云うと、クレオはやれやれと呟きながら髪を束ねていたリボンを解いた。
クレオがそのリボンを指で挟み一撫でしてやると、リボンが何本もの糸へと変わった。それと同時に、クレオの瞳も黒から紅へと変わる。
「ボク達の邪魔はしないで。ここの事は誰にも云わないし、貴方達の事は誰かに話すつもりはないから」
クレオはそう云うが、男達は応えず銃をつきつける。
「ボクは、ちゃんと警告はしたからね」
クレオはそう呟くと、リボンを持っていた手を離し、リボンについていた紅い宝石を握り締める。それは、男達には気付かれないほど微妙な動きだった。然し、クレオにとってはその微妙な動きで充分だった。
クレオの持っていたリボンの糸、一本一本がまるで意思を持っているかのように、的確に銃を持っている男達の手に刺さっていく。
「ボクのリボンは特殊なんだ。だからこれ以上、ボク達の邪魔はしないで」
クレオはそう云うと、男達に背を向けて歩き出す。シルフィとソフィは、その騒ぎの間にすでに部屋から出ていた。
「っく!! この化け物め!!」
命令を下した男が懐から銃を抜き放ち、クレオに向けて引き金を引く。
銃弾は真っ直ぐクレオに向かうが、途中で何かに弾かれて弾道がそれる。
クレオは、そんな事はまるでなかったとでも云うように、振り向きもせず扉から出た。
「何なんだあの化け物は……」
男はそう呟くとハーティはつかつかと男の前に近寄り、正面に立つと無造作に男を殴る。
「なっ!?」
「最低の男だな、お前は」
男が驚きの声をあげ、呆気に取られているうちに、ハーティはクレオの後を追った。
「…………何をしている!! 追え!! 場合によっては殺しても構わん!!」
男はみっともなく喚き散らしながら、周りにいる人間に命じる。一瞬、何が起こったのか理解出来なかった部下たちが、慌てて男の命に応じ、クレオ達の後を追う。
ハーティは暫らく走ると、前方に同じように走っている人影を発見した。
「大丈夫か?」
「ハーティさん!? もう追って来たの?」
「勘違いするなよ。追っては来たが、捕らえるつもりはない」
ハーティの物言いに、クレオは良くわからないといった顔をする。
「実はさっき、ここの司令―――さっきの男だが、そいつを殴ってきた」
「それって拙いんじゃ………」
「あんな最低の男の下に、つくつもりは毛頭ない。どうせならクルセードのような男の下につきたいな」
ハーティは冗談めかしてそう云うと、クレオは声を立てずに笑った。
「これからどうするんです?」
「私はクアイズに行こうと思っている。あそこにはここの本部があるからな」
「本部? でも、どうしてこの組織にこだわるの?」
クレオとハーティは走りながら、息を切らせずに会話を続ける。
「まあ、ある男に借りがあるからな」
「ある男?」
「この組織のトップ、アレクス・カールスタールだ」
「アレクス様が!? 何でそんな大企業の御子息が?」
「まあ、そう思うのも無理はないだろう。何でも、ホントかは知らんが、あいつは企業を継ぎたくないらしい。と云うより、今の世界のあり方に疑問を抱いているんだろうな。あいつも優し過ぎると云うことなんだろう」
ハーティは少し哀しそうな顔をする。
「今度は、その優しすぎる男を守ってやりたくてな」
クレオは直感的に、ハーティの言葉に隠れている、もう一人の優しすぎる男がクルスであると分かった。
「あの………」
クレオは何と云えば分からなかったが、何か云わなければならないと思い、口を開いたが言葉が出て来ない。
しかし、そのことを考える間もなくクレオ達の後方から銃弾が無数に放たれる。
「もう追いついて来たか。早いな」
ハーティはそう呟きながら丁度あった脇道に入り銃撃をやり過ごす。
クレオはそのままその場に立ち尽している。
「何をしている!! 早くこっちへ」
ハーティは慌ててクレオを呼ぶが、クレオはその言葉に何の反応も示さない。それどころか一歩一歩銃を放つ男達に近づいていく。
しかし、それでもクレオに銃弾があたる事はない。総てクレオにあたる前に、何かに弾かれているかのように弾道を反らしていく。
「ひっ!? ば、化け物」
誰か解らないが、そんな声が男達の中から響くと男達は皆怯え、逃げ出していく。
「クレオ、大丈夫か?」
「近寄らないで!!」
心配して駆け寄るハーティに、クレオは慌ててそう云った。
クレオが手を動かすと、その手に徐々に糸が集まり一本のリボンになる。
「もう大丈夫」
クレオはそう云ってハーティに笑いかける。
「………すまないな」
ハーティはクレオに謝る。クレオにはそれが何の事か分からずにいたが、すぐにその訳が分かった。自分の頬をつたう雫があるということに………
「あ、あれ? 何でだろ。止まんないや? おかしいな」
クレオが眼鏡を外し、一生懸命拭っても、その流れは止まる事はなかった。
「慣れている筈なのに。化け物なんて云われても大丈夫なのに」
「泣いてもいいんだ」
ハーティは優しい声でそう云うと、クレオはハーティの胸に顔を埋め、声をあげて泣いた。
「クレオが敵を退きつけてくれてるおかげで、こっちは何とか逃げれそうね」
シルフィがそう云うと、ソフィは心配そうに振りかえる。
「クレオちゃん、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。いざとなったらコクーンの力を使うでしょ」
「でもクレオちゃん、コクーンの力を使う事に抵抗を感じているみたいですから、もしかして………やっぱり戻ります」
シルフィと話しているうちに不安は募り、ソフィは来た道を戻ろうとする。
「止めなさい。私達が行っても足手まといになるだけよ」
「でも………」
「第一あんたが行って、何が出来るって云うの? あんたのコクーンは、確かに戦闘能力はあるけど、使うあんたには自分の身を護る術はないじゃない。それに、あたしのコクーンは戦闘向きじゃない。つまりクレオの所に行ったとしても、何も出来る事はないの。分かった?」
「それは分かっていますが………」
ソフィはまだ納得できずに食い下がる。
「第一………」
シルフィがそう云った瞬間、シルフィ達に向かって銃弾が放たれる。
二人とも咄嗟に飛び、左右の横道に二人別々に身を隠す。
「こうなるのよ」
シルフィはさっきの言葉の続きを呟く。
「ソフィ、やっちゃって」
シルフィがそう云うとソフィは頷き、身体の周りに水を集める。
その水はまるで意思を持っているかのように、敵を的確に襲いかかっていく。ある者は水圧で押し潰され、ある者は水の刃に切り裂かれる。
「しかし、ソフィの力も大したものよね。敵を見ないでこんな正確に殺せるんだから」
シルフィは顔を少し出して、その惨劇の様を一部始終見ていた。
敵は、何の抵抗も出来ずに次々と死んでいく。そして、動く者がいなくなった時、シルフィは惨劇の痕跡へと向かい、落ちている銃を拾う。
「これで私も、自分の身は護れそうね」
シルフィは死体から次々とマガジンを抜き、ポケットの中に詰め込む。
「ソフィ、先を急ぎましょ」
ソフィがシルフィのもとに行こうとした時、視界の端に銃を構えた人影が動いた。
「シルフィさん、危ない!!」
ソフィの叫びにシルフィは素早く反応し、手に持っていた銃で正確に敵を撃ち抜いていく。
第一波が落ち着くと、シルフィはさっきまで身を潜めていた横道に戻る。
「何なのよ!! こっちは二人だって云うのに」
シルフィがそう口を呟くと、また銃撃が起こる。
「一気に突破しますか?」
「駄目よ。まだ何人いるのか分からないんだから。ここであんたに倒れられちゃ、堪らないわ」
「じゃあ、どうします? ずっとここままと云う訳には、いきませんよ。それに折角クルセード様の手掛かりを掴んだんです。こんな所で止まってなどいられません」
ソフィはそういって我慢できなくなり、横道から飛び出す。
「待ちなさい、ソフィ」
シルフィの静止も聞かず、ソフィは水を纏わり付かせ、敵を薙ぎ倒しながらドンドンと先に進んでいく。
「まったくあの娘は………。でも、いい時期だったかもしれないわね」
シルフィは表情なくそう呟いた。
クルスは呼ばれた通り、スタッフルームを訪れた。
「で、何なんですか? 僕に関係のある事って……」
「この事件だ。見てくれ」
アレクスはそう云うとメインモニターにニュースを映し出す。
『目撃者の証言から、エルサレム会長ザクス・エルサレム様を殺害したのは、クルセード・エルサレムである可能性が高く、エルサレム・セキュリティは急遽、クルセード・エルサレムの身柄を確保しようと捜査を開始しました』
モニターからは、何の感情も感じられない女性の声だけが響く。
「なるほどな。これで僕の動きを封じた訳か。あいつの考えそうなことだ」
クルスははき捨てるように呟く。
「しかし、これで僕の動きを止められると思ったら大間違いだ」
クルスはそういって、部屋を出て行こうとする。
「どうするつもりですか、クルセード君?」
「一部隊貸して下さい」
「何故?」
アレクスはまるでクルスを試すかのように聞く。
「向こうもこれだけじゃ、僕の動きを止められるとは思わないはず。なら次は、僕の近しい人間を狙ってきます。まずは何とかできる範囲と云う事で、シャリアさんをここで保護させてもらいます」
「分かった。その部隊は君が率いるのかね?」
「いいえ。刀魔さんに働いてもらいますよ」
クルスはそういって部屋を後にする。
「すまない、至急一部隊編成してくれ」
アレクスは通信機を入れそう部下に命じた。
クルスは自分に宛がわれた部屋へ戻る。そこには刀魔が待っていた。
「よう、お帰り。で、何の話しやったん?」
「刀魔さん。今からすぐ一部隊を率いて、シャリアさんの所へ云ってください」
クルスの言葉に刀魔は怪訝な顔をする。
「シャリアさんの命が危ないんです」
刀魔の表情からクルスはそれだけ云うとコンピュータに向かう。
「俺一人のほうが、動き易いんやけど」
クルスの言葉を返すように刀魔が云う。
「向こうは、僕がそこにいる事を前提に部隊を編成してきます。ですから、人数にものを云わせてシャリアさんを確保するか、陽動をかけてくるでしょう。そして間違いなくその中に」
「コクーンをもっとる人間がおるっちゅうことやな」
クルスの言葉を刀魔が引き継いで云った。
「分かった。じゃあ、部隊が組み次第、シャリアちゃんのもとに行くことにするわ」
刀魔はあくまで軽い調子を崩さずに云う。
「戻ったら、あの後の事を聞かせてくれ」
「…………分かりました」
さっきまでと違う刀魔の言葉にクルスはしばし悩んだ後に頷く。
「さてと、ワイも準備せなあかんな」
刀魔はそう云って部屋を出て行った。クルスは振り向かずにその声を聞いていた。
「総ては終わりのない環を崩す為…………か」
クルスは自嘲の笑みを浮かべながら呟く。
「そんな事を悩む前に僕は僕の出来る事をしなきゃ」
クルスは自分に喝を入れ素早くキーボードを叩き始める。