「シャリア・レイバート。我々と共に来てもらおうか」
シャリアは窓際で急に自分の家に上がりこんできた黒服の大群に銃を向けられていてその言葉に選択権はないように思えた。
「マスター」
フィリアが不安そうにシャリアを見る。
「大丈夫、何とかなるわ」
シャリアはフィリアを後ろに庇うようにし、黒服達を観察する。
その中に唯一雰囲気の違う男がいたが、そいつはまるで興味ないといったようすでそっぽを向いていたが、それが脱出の糸口になるとは思えなかった。
この状況を打破する糸口を掴もうとするシャリアの耳にトントントンと軽快な音が聞こえてきたかと思うと、シャリアの後ろのガラスが急に割れ、外から人が入ってきた。
黒服達が驚き、動きを止めた隙をつき目にも止まらぬ速さで侵入者は軽く数人を伸す。
驚くのは無理はないだろう。ここは三階で、隣のビルには窓がないため、外から人が入ってくるのは不可能に近いはずなのだから。
「お前ら、人ん家で好き放題してただで帰れると思わんほうがエエで」
「刀魔!?」
シャリアは突如現れた人物が自分のよく知った人物であることに思わず喜びの声をあげる。
その侵入者はシャリア達にとって救世主たる人物だった。
「せやった。さっきの間違い。もう出口は塞いで置いたから、帰れへんで」
刀魔はふざけた様に云うが、その言葉が嘘ではない事が外の音が騒がしくなっているので分かっていた。
「お前達は外の相手をしていろ。こいつは俺が仕留める」
さっきまで無関心だった男が口を開くと、黒服達はその言葉に従い外へ出る。
「ワイを一人で止められると思うとんのか? 幸せなやっちゃな」
「止めるつもりはない。仕留めるだけだ。それよりもどうやってここまで来た?」
「簡単や。ここと隣のビルの壁を交互に蹴って昇って来たんや。慣れると結構簡単やで、今度試してみぃ」
「面白い」
男はそう云って刀魔との間合いを詰め、顔を殴ろうとしたが刀魔に軽くいなされ、すぐに間合いを離す。
「踏み込みの速さはまあまあやけど………それだけやな」
刀魔は男に追い討ちをかけずにそう云った。
「ふざけているのか? なめるな!!」
男はそう云うと再び刀魔に迫ろうとするが、一瞬にして刀魔の姿が消え、何時の間にかうつ伏せに組み敷かれていた。
「まあ、そう怒るなや。ワイはこういう性格やからしかたあらへん。許したってや。許すのも男の度量やで、エルスリード」
刀魔はエルスリードを押え付けているにも関わらず、相変わらずの調子で話しかける。
「どうして俺の名を?」
エルスリードは諦めたのか抵抗をやめ身体の力を抜いて刀魔に聞いた。
「簡単な話しや。お前はワイの知っとる奴によう似とる」
「答えになって………ない!!」
エルスリードは言葉の後半を息と共に吐き出し、背中を思いっきり反らして刀魔に蹴りを入れようとする。
「随分と身体の柔らかいやっちゃな」
刀魔は後ろから迫って来たエルスリードの足を掴みそう呟く。
「せやけどこれで本当に手も足も出ぇへんやろ」
「離せ!!」
エルスリードがそう云うとエルスリードの影が一斉に刀魔に襲いかかる。
「雷は光を持ちてその存在を為すものなり」
刀魔の身体から雷光が迅り、襲い来る影を迎撃していく。
「!? お前もコクーンを持っているのか」
思わぬところで自分と同じ力を持った者にあったことでエルスリードは驚きを隠せなかった。
「何で光を出さんのや? こないな使い方をしとると身ぃ持たんで」
「出せたら苦労しない!!」
エルスリードはもがきながら叫ぶ。表情は変わらなかったがその声は明らかに悔しがっていた。
「…………せやったらちょいとワイに付き合うて貰うで」
刀魔がそう云うとエルスリードの意識の一部が徐々に深い闇に落ちていく。
「っく………俺の心(かこ)に触れるな……俺を………」
「何故あれだけの大軍が全く気付かずに王都まで攻め込めたと云うのだ!!」
「陛下、落ち着いてください。相手は『見通す者』アンヤ。何が起きても不思議はないでしょう。今考えるべきはこの危機をどう乗り切るかと云うことです」
怒りを抑えられずにいるハロルドを軍師ゲイルムが宥める。
「分かっておる。だからこそ、我が全軍に王都防衛線を張らせておるのだ」
「しかし、全軍を防衛線に置いてはこの城の守りはどうするのです?」
大臣デルソウルが最もな事を云う。
「防衛線が落ちればもとよりこの国が生き残る術を持たぬ…………頼むぞ『薙ぎ払う者』ライガ」
ハロルドは自分が最も信頼する部下に向けて届かぬ言葉を紡いだ。
「すまんなウツロ。本来お前等はこんな所にいるはずじゃないのにな」
「別に気にしてませんよ。俺もカリンも王女殿下をお守りするにはここを守るのが一番だって分かっていますから。………でも敵の動き、おかしくありませんか?」
頭を下げようとするライガを止めて、ウツロが聞いた。
「確かにそうね。ここまで来たら後は策なんか関係なく攻め込む筈なのに………敵はまるで時間を稼いでるみたい」
ウツロの言葉にカリンも賛同する。
「そうだな。だからこそ陛下もここに総ての兵を集中させた。この思い切った作戦は向こうも予測出来なかったはず。だからこそ相手も手間取っているのではないか?」
「………相手は『見通す者』、陛下の考えなどお見通しだったら?」
「ばかな!! いくらなんでもここに集まっている敵兵は帝都に残っている人数を差し引いて、全軍合わせたものとしか思えない。伏兵など………」
ライガはまるで自分に言い聞かせるように云うがウツロはそれすらも打ち砕く発言をする。
「向こうも都に兵を残さなければ?」
その言葉にあたりの空気が凍りつく。
「今の王都なら俺一人でもやり方次第で落とせる」
「ばかな、向こうがそんな博打をするとは思えない」
そう云うライガの言葉には何の力もこもってはいなかった。
「そうでもしなきゃこの国は落とせないとは思いませんか?」
「……………ウツロ、カリン。お前等、早馬に乗って一度帰れ」
「なっ!? そんな事をしてもよいのですか? ここの守りは………」
「戻すのはお前達二人だけだ。それ以上の兵は送らん」
カリンが驚いて声をあげ、ライガがそれをピシャリと止める。
「戻るぞ、カリン」
ウツロはすでに本陣のテントを出て外に繋がれている馬を出した。
カリンはその言葉に従いテントを出て、素早く馬に乗りウツロと共にその場を後にする。
フウマは王都から少し離れた村においてきたトモエの事を心配しながらもその場所に立っていた。
王の判断で城下町に住んでいた民は総て近隣の町や村に避難している為辺りに人気はない。
騎士として働いていた時期に愛用して引退してからも一度の手入れを欠かした事のない自分の命を預ける刃を抜き、自然体の状態で立っている。暫らくその場にいると、予想した通り幾つもの蹄の音が聞こえてきた。
「やはり、フォースの言った通りか」
フウマが呟くと向こうも気付き、馬を止める。
「そこを退け。退かぬと切るぞ」
「断わる」
脅してくる相手に対してフウマは簡潔に応えた。
「我が名はフウマ。『風を纏いし者』フウマ。この名を恐れぬならばかかって来い」
フウマは静かにそう云いながらも自然体を崩す事はしない。
その静かな雰囲気が逆に威圧となり、敵兵達は動く事が出来ずにいた。
―――十五人か。どうにかなるな
フウマはそう考えゆっくりと動き出す。
ウツロとカリンは並んで馬を走らせ王都への道を急いでいた。
「ウツロ、本当にそんな事が有り得ると思うの?」
カリンが不意に口を開く。
「ああ、充分有り得る事だと思う。この間フォースが云ってたけど、『見通す者』アンヤはこっちが十手先まで呼んだら奴はその先の先まで読むそうだ」
「フォース? その人はアンヤの事をよく知ってるの?」
カリンは自分の知らない人物について聞いた。
「…………さあ」
「さあって、大丈夫なの」
「信用はできる…………筈」
ウツロがやや自信なさげに云う。
「考えてみれば俺もそんなにあいつのこと知らねんだよな」
ウツロは改めてフォースと云う人物について何も知らない事に気付いた。
「何をしてる人なの?」
「…………自称『旅人』」
自信なさげにウツロが云うと余りに胡散くさい職にカリンが呆れてしまう。
「戻ったほうがよくない?」
「別に戻ったところで兵隊がたった二人増えるだけで戦局に大きく作用しないだろ。でももし王都が襲われていたとして襲っているのは少数だ。俺達二人でも止められる。そうすれば戦局は大きく動くだろ」
「そうかしら? 私達二人でも止められない数だったらどうするの?」
「それはない。向こうもこれだけの博打を打つんだ。それほどの余裕はない」
先程までと違いウツロは自信を持って応えた。
「信じましょ。貴方の言葉を………フォースって人はどうかと思うけどね」
ウツロは城への道が見えてくると、いやな風がいやな匂いを乗せて来るのに気付いた。
「これは………血の匂い。どうやらドンピシャだったみたいだな」
「ウツロ、あれ!?」
カリンが指した先には血に塗れたフウマが立っている。
「兄さん!?」
ウツロはそう叫びながらフウマの下へ馬を急がせた。
「そんなに騒ぐな。これは全部返り血だ」
心配するウツロにフウマはあっさりと云う。
「この程度で騒いでどうする。それでプリンセスガードが勤まるのか?」
「人が心配してやりゃ、何だその言い草は!!」
ウツロはフウマの言葉に場を忘れて怒った。
「大体兄さんは何を考えているかわからないんだよ!! いつもいつも余裕たっぷりみたいな顔してさ。実はいつもいっぱいいっぱいなんだろ。兄さんがポーカーフェイス気取ってる時が一番ヤバイって知ってるんだから強がんなよ」
前半の語気の強さに較べ後になるにつれてドンドンとフウマを心配している声に変わる。
「お前が俺の事をどう思おうと勝手だが、急いだ方がいいぞ。こっちの敵は総て防いだが裏から何人か侵入したようだからな」
「何でそれを先に云わない!! 行くぞ、カリン」
フウマの言葉にウツロは慌てて城へ入って行く。カリンも何も云わずにその後について行き、後にはフウマだけが残された。
「あいつとはもう随分と一緒に暮らしているんだったな。まさかばれているとは思わなかった………な」
フウマはそう呟くとその場に倒れ込む。
「もう動けそうにない」
フウマの前に人影が現れ、フウマは死を覚悟した。
ウツロは焦っている。無事王子殿下国王陛下やその側近達を助け出したが、ミズキ姫だけは隠し通路を使って王都から脱出させられていて、そこにはいなかった。
ここまで国王陛下の考えを読みきった相手なのだからそれを読み外すとは思えない。
ミズキ姫は聖王女と呼ばれ国民から慕われている。ミズキ姫だけではなくこの国の王族はみな人望があり、ここまで人民に慕われている王は珍しい。もしミズキ姫が人質に取られでもしたら、この国は終わる可能性が遥かに高くなる。
(まさかそれが狙いか!? 王都襲撃すらも陽動として実は王族の一人を捉える為だけの作戦…………まさか、それだけの為に全軍を動かす奴が何処にいる? そんなリスクを背負ってまでする事か? ………………でも、『策とは相手の裏をかいてこそ始めて成り立つ』って兄さんが云ってたな。……………兎に角、今は今出来る事をするのが先決だな)
ウツロは隠し通路を抜け、その先に広がる光に一時目を囚われた。
ヒュッと云う風切り音がウツロの耳に飛び込む。
咄嗟に身を翻したもののその音は一度ではすまず、何度もウツロへと向かってくる。ウツロはその総てをかわすと徐々に目が慣れてきて辺りの様子をうかがう事が出来た。
そこには衣服をボロボロに引き裂かれ、あちこちに凌辱の後を残すミズキ姫が倒れあさっての方を見たままの瞳には光が宿っておらず、それを囲むように幾人かの兵士がいる。
ウツロはその光景を見た瞬間何かが切れた。
辺りは夕暮れに染まり、染める色は赤以外の何物もなくなる。木も地もウツロも、そしてそこに転がる死体も…………
そこにいるのはウツロとミズキの二人だけ。他の者の存在を許さないかのような雰囲気が漂っている。
ウツロは自分のマントを外し、所々破けたドレスを身につけるミズキに掛けてやった。
「何も思い出すな。お前はただ悪い夢を見ていただけなんだ」
ウツロはミズキを抱きしめながらそう言うと、ミズキは何も言わずウツロの胸でひたすら泣いていた。
「もう、怖がることはない。俺がお前を一生かけてて護ってやるから」
ウツロは優しい声色でそう言うが、内心は自分の不甲斐なさに怒り狂いそうになっていた。
「本当? 本当に護って下さいますか? この汚れてしまった私(わたくし)を………」
「ああ、護ってやる、この俺が自分の意志で。それにお前は汚れてなんかいない。俺には常に輝いて見える」
「そんな気休め………」
反論しようとしたミズキにウツロは口づけを交わした。
「今の口づけにかけて誓う。俺はお前を護る」
ウツロはミズキの瞳をしっかり見つめてそう告げる。
「お願いします。今の誓いをもう一度して下さい。でないと、私(わたくし)は怖くてどうにかなってしまいそうです」
ウツロとミズキはそのまま何も言わずに口づけを交わした。長く、永遠と思えるほどの時間を………。
ウツロとミズキは静まり返った城内のミズキの部屋にいた。
「ミズキ………おれと結婚をしてくれ」
破けたドレスを脱ぎ、新しいドレスを着ているミズキに向かってウツロははっきりとそう云うとミズキは怯えたように身体を僅かに震わす。
「いやか?」
ウツロが優しい声色で云うとミズキは何も言わず、ただ首を左右へと振る。
「じゃあ、いいのか?」
その言葉にミズキは何も応えずにいた。
「……………私(わたくし)は……怖い」
「?……何がだ? 俺がか?」
「違います!! 怖いのは私(わたくし)自身。私(わたくし)は弱い。いつまた貴方に迷惑をかけるか………」
ミズキはそう云って俯く。ウツロはその様子をただ黙って見ている。
「ウツロ、そう云う時は黙ってないで自分の気持ちを素直に言ったらどうだ?」
二人だけの空気を乱す第三者の声が部屋に響く。
「兄さん!! それにフォース!? 何でここに?」
「いつまで経ってもお前達が戻ってこないからだ。今動ける者総出でお前達を探しているぞ」
「すみません。僕が来るのが遅れてしまって。もう少し早く来れればもっといい方に事態が動いたかもしれないのに」
フォースはそう云ってすまなそうに頭を下げる。
「別にお前のせいじゃない。それにお前は俺の所にわざわざ来てくれた。だから最悪の事態は免れたんだ」
フウマはそう云ってフォースに頭を上げさせた。
「姫。何があったかは聞きません。ただうちの愚弟は貴方がどんなことになろうともけして迷惑とは思いませんよ。そんな事を云ったら俺が切って捨ててやります」
フウマはしゃがんで目線をミズキに合わせ、そう云って笑う。
「私(わたくし)はそれに甘えてしまう自分が許せないのです」
ミズキは瞳に涙をためながらそう呟く。
「甘えてくれよ………俺がお前に甘えられると何も出来なくなるとでも思ってるのか? そんなに弱くない、俺にそう自信をつけさせてくれ」
ウツロは哀願とも取れる言葉を紡ぐとミズキを抱き寄せた。
「……………はい」
ミズキはウツロの存在を全身で感じ、その言葉に涙しながらもはっきりと応える。