隣国からの侵略を防ぎきった頃、国を挙げての式典に大忙しとなった。聖王女殿下ミズキと若きプリンセスガードウツロの結婚式という式典に………。
「ねぇ、チサト。最近元気ないけど、どうしたの?」
チサトは心配する級友に曖昧な笑顔で返す。
「別に、そんなことないよ」
「やっぱり……ウツロ君のこと? そうだよね、チサト一番近くにいたもんね」
「別に何でもないって言ってるでしょ!!」
級友の言葉にチサトは我を忘れて叫んだ。
「あ、ご、ごめん。無神経なこと云って」
「私、帰る」
チサトは机に掛けてあるカバンを掴むとそのまま残りの授業も出ずに帰ってしまう。
(何でよ、何で私じゃないのよ。プリンセスなんてウツロに似合うわけないじゃない。私はずっと側にいたのよ。ずっと好きだったのよ。何で)
チサトは泣きそうになるのを堪えながら俯いて歩いていた。
前を見ていなかったせいで、チサトは人とぶつかり尻餅をついてしまう。
「す、すいません。考え事をしてたんで」
チサトはぶつかった人物に謝ると、素早く立ち上がった。
「いや、私の方こそ、この街のきらびやかさに目を奪われて前を見ていなかった。済まない」
その人物は小柄な、この国では珍しい翠色の瞳を持った女性だった。
「ところで、怪我はないか?」
「え?…大丈夫です」
「そうか、なら良いが………ところで悩み事か?」
いきなり心を見透かされた感じがしてチサトは驚いた。
「………フムどうやら図星のようだな。まあ、ヒトというのは悩んで成長するものだ。大いに悩め、ただ自分一人だけで解決しようとするな。必ずしわ寄せが来るからな」
「でも人に相談できない悩みもあると思いますが………」
「それならば、忘れてしまえ。他人に相談できない悩みというものは大抵解決できないか、既に決定した事への不満だ。そんなことを考えずに忘れてしまった方がいい」
「でも諦めたくないんです」
チサトがそう言うとその女性は少し考えるように口を開く。
「………一つの信念を通すには、それ相応の力が必要だ。どうしてもそれを諦めたくないと云うのなら、これをやろう」
女性がそう言うと懐から一つの輝く珠を取り出した。
「これは?」
チサトは訳も分からずにそれを受け取る。
「力だ。………それと一つ聞きたいんだが、フォースという男をこの辺で見かけなかったか?」
「フォースですか? それならちょっと前まで良くここに来てましたけど………フォースと知り合いなんですか?」
「まぁな。もう来ていないのか?」
「ええ、でもウツロだったら何か知ってるかも………一番フォースと仲が良かったから」
「そうか、なら訪ねてみることにしよう。その者に私の姿が見えると良いのだが……」
最後の一言はあまりに小さく、チサトには聞き取ることが出来なかった。
「無理だと思いますよ。今ウツロの結婚式で大騒ぎだから………」
チサトは少し複雑な表情で云うと女性は困ったような表情をした。
「………そうか、では諦めることにしよう」
「あ、もしフォースに会うことがあったら伝えておきましょうか?」
「……済まない、頼む。ガイアが捜していたと伝えてくれ」
ガイアと名乗ったその女性はそう言うとチサトの前から姿を消した。その途端、今まで気にならなかった街の喧噪が妙に耳につく。
滞りなく式は進んでいた。
誰もが二人の結婚を祝福している。
そしてそのプリンセスの結婚相手である若き騎士に期待していた、平和な国を作ってくれることを………。
「汝、プリンセスガードウツロは、プリンセスミズキを妻とし、永久の愛を誓いますか?」
次のウツロの一言で式は全て終わるはずだった。
しかしその人事は発せられることはなかった、意外な人物のせいで。
「待ちなさい」
その一言は大神殿のただ一つの扉のほうから聞こえてきた。
「チサト、どうしたんだ!?」
ウツロはいきなりの幼馴染の乱入に驚きを隠せずにいる。
「ウツロ、どうしてもその娘と結婚するというのね」
「くせ者だ!! 引っ捕らえろ!!」
ライガの声が神殿中に響きわたると、今まで呆気にとられてた警備兵達が一斉に動き出した。
「そう、なら………」
チサトは兵士達の動きを気にせず言葉を続ける。
「みんな、滅んでしまえばいい!!」
その一言を合図に、大神殿が崩れ始める。
人々は皆その大崩壊に巻き込まれ、命を失っていく。
その大崩壊の後に残った者は、王族とそれを守護した魔法兵、フウマ、トモエ、ライガ、カリン、ウツロとミズキ、そしてそれを引き起こしたチサトのみだった。
「やっぱりそう簡単に滅んでくれないのね、ウツロ」
「何の真似だ、こんな力、お前は持ってなかったはず」
「そうよ、この力は、愚かな人間を滅ぼすために神様から貰った力。あなた達の使うちゃちな『魔法』とは違うわ」
ウツロはチサトの変わりように戸惑い、どうしていいのか考え倦ねている。
「おのれ、馬鹿にして!!」
カリンが敵意むき出しでチサトに斬りかかっていく。
「馬鹿、止めろ!!」
ウツロの制止も耳に入らずカリンは振り上げた剣をチサト目掛けて振り下ろす。
しかしその刃はチサトに届くことはなかった。そう、届いてはいないのだ、まるで見えない壁に阻まれているかのように。
「馬鹿な娘、死になさい」
チサトは感情のない声でそう告げると辺りが魔力の輝きに包まれる。
その輝きが収まったとき、チサトとカリンの間には剣を構えたフウマとライガの姿があった。
「これ以上好きかってするようなら、このライガが相手になる」
「チサト、止めるんだ。俺はウツロを悲しませることはしたくない」
フウマの言葉には明らかに『チサトを殺す』という意味が含まれている。
「あなた達に止められるかしら? 所詮人の器を越えられない分際で」
「例え人の器を越えられないとしても、皆で力を合わせれば、貴方を倒すことぐらい出来ますよ」
フウマとライガの背後に、自らの剣を携えたコウキが歩み寄ってくる。
「殿下!?」
「いいでしょう、ライガ。せっかくの姉上の結婚式を潰した相手なんです。私とて怒っているのですから。それに『エルファリア双頭の鷹』と呼ばれたあなた方の足手まといになる気はないです」
その言葉にフウマとライガは何も言わずただ目の前の敵を見据える。
「所詮人が何人集まろうと、私の敵ではない!!」
チサトのその言葉を合図に戦いは始まった。
しかし、どんな攻撃をしようともチサトに届くことはなく、明らかにフウマ達の方が不利だった。
「もう止めてくれ、何で、何でなんだよ!! 何でチサトと兄さん達が戦わなきゃいけないんだ」
ウツロの悲痛な叫びも戦っているチサト達に届かない。
やがて、その戦いも終わりを向かえる、フウマ達の死をもって。
「兄さん!!」
「コウキ」
チサトのはなった魔力に飲み込まれフウマ達は死体すら残らずに死んだ。
「チサト!!!!」
ウツロは有らん限りの声で叫ぶ。
「ふふふ、いい顔になったわね、ウツロ。でも今は貴方の相手はしてあげないわ。まずはあの人との約束をかたずけなきゃね」
チサトはそう言うと王のいる方へと魔力を放つ。
「お父様、お母様」
ミズキの叫びも虚しく、そこにいた全ての人が消え去った。
それが惨劇の始まり。
その後ウツロは世界を回った。そしてフォースから聞いた古の時代より続く『力の神殿』を訪れていた、チサトの人外の力に対抗する力を得るために。
「良く来たね、ウツロ。僕が『力の管理者』フォースだ」
「な、何で、フォースがここに?」
ウツロはそこで待っていた友人の姿に戸惑いを隠せない。
「云ったはずだ。僕が『力の管理者』だと………」
「なら、何ですぐ、俺に力をくれなかったんだ!!そうすればあの惨劇は……」
「そうしたかったのは山々だけど、そんな軽はずみなことは出来ないんだよ」
「何が軽はずみなことなんだよ!!」
ウツロがフォースの胸ぐらを掴むが、フォースは表情を変えない。
「こう見えても、ここには……いや僕にはこの星を壊してもお釣りがくるくらいの力の管理を任されている。その力を君に与えてこの世界のバランスを崩すわけにはいかなかった」
「じゃあ、ここに来てもその力は得られないって事か………」
「そうなる」
「じゃあ、何で、俺をここへ呼びだした!! 只の戯れか? いいご身分だな管理者って奴はよ」
ウツロはこれまでの鬱憤を晴らすようにフォースに自分の中の激情をぶつける。
「確かにここにある全ての力を君に与えることは出来ない。しかし僕達管理者が持つ『力』なら与えることが出来る」
「じゃあ、その力を………」
「ああ、だが無条件でと言うわけではない」
フォースはそう言うと自分の腰に下げてある二対の剣を抜き放つ。
「俺の命って事か……別にいいぜ」
ウツロは自嘲めいた笑みを浮かべる。フォースは何も言わず、抜きはなった剣の柄同士を合わせ、一本の双剣にした。
「代償は、命なんて安いモノじゃない…………僕にその強さを示せ」
「……………良く分かんないけど、戦って勝ち取れってことか……やってやる、力を手に入れる為ならなんだってな」
ウツロは長騎剣を鞘から抜き、構えをとる。
そして、ウツロとフォースの激闘が始まった。二人はお互いの力全てを出して戦い、そして全てが終わりへと近づく。
「これで、終わりだ!!」
ウツロはフォース目掛けて剣を振り下ろす。フォースはその剣を受け入れようと瞳を閉じ、自らの終わりを待った。
その剣はフォースの躰を傷つけることなく中空で止まる。
「何で………何でそんな顔するんだ!!」
「ウツロ………?」
「殺せるわけないだろ。お前は俺の………友達なんだぞ。『管理者』なら最後まで『管理者』の顔をしてろよ。………何でそんな顔をするんだよ」
ウツロの顔は悔しさで溢れていた。冷酷になりきれない自分への悔しさで。
「………やっぱり君は僕の思っていた通りのヒトだ」
ウツロに比べフォースの顔には笑みがこぼれている。
「その心の強さは見せて貰った。約束通り君に『力』をあげよう。僕の『力』を」
フォースはウツロに手を伸ばし、自分の中に眠る『力』を全てウツロへと渡した。
「凄い……溢れてくる。この『力』………これならチサトを止められる」
ウツロはフォースから渡された『力』にある種の感動を覚えていた。
「でも、俺は『力』を示してないのに………いいのか?」
「『力』なら示して貰った。僕は君がチサトみたいにならないと云う保証が欲しかっただけだ。君はそれに答えてくれた」
「…………済まない。この『力』全てが終わったら必ず返す」
「もう行った方がいい。君のお姫様が今危険に晒されているようだ」
「な、何でそんなことが………」
「君のお姫様は君と同じぐらい優しい心の持ち主のようだね。君とチサトが争うのを見たく無いみたいだ。……急げ、全てが無駄にならないように」
フォースの言葉を聞くとウツロは『力』を使いミズキの元へと跳んだ。
「死なないでくれよ、僕の親友」
フォースはウツロが消えた虚空を見て呟いた。
「君だろ、ミズキに力を与えたのは」
フォースがそう言うと背後から人影が現れる。
「………そうだ。私があの娘に貸し与えた」
フォースは半ば予想していた言葉に浅く溜息をつく。
「ノリス…………君と僕は似ているのかもしれないね」
「さぁね。ただ、『力』を与えるという点においてはガイア様も含まれると思うが……」
「ガイア様か………一体何をお考えなのか」
「私たちが考えても仕方あるまい。ただあの方の命に従う、それが私たちの存在理由なのだから」
ノリスがそう告げるとフォースは黙ってしまう。
(本当にそれだけで良いのだろうか?)
「全ては暗黒へと戻る。それが定めなのだよ」
一人の男がウツロの前に立ちはだかる。
「そこを退け。退かないならお前が何者だろうが……消すぞ」
「私が何者か知ったら、君はその力の全てで消しにかかるよ」
ウツロはその男の言動の意味が分からずにいる。
「どう云うことだ!!」
「君はおかしいとは思わないのかい? チサトが何故こんな事をしているかを。それとも君の知ってるチサトはこんな事をするようなヒトだったのかな」
男はおかしそうに云う。そう、まるで全てを見透かしているかのように。
「…………」
ウツロは男の言葉に何も言わず、ただ黙っていた。
「その顔なら疑問に思ったことがあるようだね。ならその疑問を解いてあげよう。全てを仕組んだのは、この私……『見通す者』アンヤだ!!」
男――アンヤの言葉と同時にウツロは自らの剣をアンヤの躰に突き刺していた。そしてウツロは何も言わずにチサトとミズキの元へと走り出す。
「クックック、これでいい。そう、これで」
アンヤはウツロの背中を見ながらそう呟いた。
そこには、きっと街があったのだろう。そう、それなりに大きな街が……。
「なかなかしぶといわね」
「そう簡単には死にません。私(わたくし)は貴方を止めて見せます」
そう、そこでは二人の女性が戦っていた。人外の力を持った二人の女性が。
「止められるもんなら止めてみなさいよ、お姫様」
チサトはその言葉と同時に『力』を放つ。
「クッ」
ミズキも『力』を使いそれを受け止める。
二人はそんなやり取りを続けている。そしてその余波でこの街の瓦礫は全て消え去ってしまっていた。
「そんなことで私を止められると思っているの?」
確かにチサトの云う通り、ミズキは攻撃まで手が回らず、ずっと防戦を強いられている。しかしそれはチサトにとっても云えることだった。攻撃するものの全てミズキに受け止められてしまっている。この戦いを終わらすには何かこの均衡を崩すものが必要だった。
そして、その均衡を崩すものが来た。
「チサト、止めるんだ!!」
「ウツロ!?」
一瞬ミズキの気が逸れた。それを見逃すチサトではない。
「終わりだ」
その言葉と同時にミズキの躰を『力』が貫いた。
「ミズキ!?」
ウツロは慌てて倒れていくミズキを支える。
「何で……貴方が?……これは愚問でしたね。それが分かっていたからこそ私(わたくし)はここにいるのですから」
ミズキは弱々しい笑みを浮かべる。ウツロは徐々に失われていく体温をこれ以上無くさないようにミズキを抱きしめる。
「最後まで私(わたくし)を抱いていて下さるのですね、それだけで私(わたくし)は幸せです」
ウツロはミズキに何も云わず――いや、何も云えずその失われ行く命を感じていた。
「チサト、もうお終いにしてやるよ。全てを」
ウツロは何も言わなくなったミズキの身体を横たえ、『力』を解放する。
チサトの方もそれに答え、自らの『力』を全て引き出した。
「これからようやく私の仕事が始まる。長い時をかけて一人で成すべき使命、時と共に生きる事を定められた私の……………。マスター、プロフェッサー、必ずお会いしましょう」