第6章 <待ち望みし者>
 

 クルスは割り当てられた部屋でキーボードを叩く手を止めていた。

「何もこんな時にメモリーが逆流しなくても良いだろうに」

 クルスはそう呟くと止めていた手を動かし始める。

「それにしてもメモリーすら制御出来ないとは…………急がないと拙いな」

 クルスは暫らく一心不乱にキーボードを叩きつづけた。

「流石エルサレム。簡単にクラックさせてもらえそうにないな。っと、こっちのデータはもう大丈夫みたいだな」

 クルスはそう呟くと、ディスプレイを分割してそのデータを呼び出した。

「………なるほどね。これで納得がいったよ。―――!?」

 クルスは眩暈を覚えると急に頭を抑えて椅子から転げ落ちる。

(なんだ!? 頭が割れそうだ。コクーンの暴走? 違う!! まだ僕にはコクーンを許容できるだけの余裕はあるはず………)

 クルスは冷静に頭を働かせながらもその痛みが退く事はない。

(痛い、苦しい。誰か助けてくれ)

 クルスは一人、部屋の中で悶えている。

「その痛みに身を委ねなさい」

 闇と共にその人物はクルスの傍らに現れ、そう云い聞かせた。

「ガ、ガイア様………」

 クルスはそう呟くと意識を闇の中に委ねる。

「そう、それでいいのよ」

 ガイアは満足そうにその様子を見つめた

 

 

 

「どうやら間に合いそうだね」

 ウラノスは培養槽の中にある物体を見上げながらそう呟いた。

「そうね。これでガーディアンプロジェクトもうまくいくわ」

 ウラノスの言葉にアルテミスが応える。

(その前に人類が滅びるかもしれない)

「でもこの子達のパーソナルはどうするの?」

「そこだよね。完全なデジタルじゃこのプロジェクトじゃうまくいくわけはないし、かと云って下手な人物のパーソナルを植え付けちゃうと尚ヤバイしね」

 ウラノスは参ったと云わんばかりに天を仰ぐ。

「幾つかサンプルは取ってあるけど……使う?」

「それって誰の?」

「もちろん私達のもあるわよ」

「僕達のは使わないほうが良いだろうね」

「どうして?」

「ただでさえガーディアンユニットなんて危ないものを作ったんだ。これでさらに僕達に都合の良い人格まで植え付けたら反感買うよ」

 ウラノスは疲れたような表情でそう云った。

(そんな悠長な事は云ってられないわ)

「どう思う? リク」

「確かにそれはあるわね」

(本当の事を話せば楽になれるのに)

 これまで会話に加わる事のなかったガイアは抑揚のない声で云う。

「そうね。だとするとどうするの? いっその事、選挙みたいな事でもする?」

「でも、もう星は見つかったんだよ。それまでに完成させないと」

(あたしはどうすればいいの? 今からワクチンを作ってもきっと間に合わないわ。ウイルスをあの星に持ちこむ事は出来ない)

「リク、如何したの? そんなに心配そうな顔して」

 ウラノスがガイアの顔を覗き込み笑って見せる。

「心配しなくて良いよ。僕達が………」

「全員手を上げろ!!」

 急に研究室のドアを壊し、武装した人間が入ってきた。

「何の真似!!」

 ガイアが怒声をあげる。

「マスター。私達は知ってしまった。この船にウイルスが撒き散らされたことを………それを知って貴方はあの星に降下することを止めた。しかし我々は大地に帰りたい!! 例え何を犠牲にしても」

「待つんだ!!」

 ウラノスはそう云って一歩前に出た。

 その動きに反応し、銃弾がウラノス目掛けて発射される。

「キャアアア」

 アルテミスがその光景に悲鳴を上げた。

 狂気とは感染するもの。そうなるともう歯止めが効かなくなる。

 狙い構わず発射された弾はアルテミスを貫き、ガイアをも貫く。

「何を考えているのよ…………」

 ガイアはそう呟くと、メインコンピュータに向かって這い出す。

 ウラノスもそれに習うように最後の力を振り絞って這う。

「何をするつもりだ」

 錯乱した銃はガイア達に向けて放たれているがその総てが当る事はない。

 ガイアはようやく着いたコンピュータのキーを叩き、ガーディアンユニットにパーソナルを植え付けた。

 ウラノスはそれとは違い、メインモニタに何かを映し出す。

 そこで二人とも力尽き意識が途絶えた。

「こ、これは………ワクチンデータ。拙い、早くドクターの手当てを!!」

 

 

 

「今のメモリーは………いったい………」

 クルスは頭痛ともに現れた記録に戸惑いながら身体を起こす。

「思い出したのね、ウラノス」

「…………ガイア様」

 ガイアはそう云ってクルスに抱きつく。

「あたしはこの時を幾億の時の流れの中で待ち続けていた」

「や、止めてください。僕はウラノスじゃない。フォースです」

「違う。あたしがウラノスを元に創り出したのが貴方。だから貴方はウラノスよ」

「違う、違う、違う、違う、違う。僕はフォース、力の管理者。コクーンを創り出した罪としてその総てを回収する為に僕はヒトに転生した。最も強い『天空』のコクーンの持ち主として。それは貴方が命じたこと。僕を惑わすのは止めてください!!」

 ガイアはそれでもクルスに抱きつく力を弱めようとはしない。

「違う、違うんだ…………」

 クルスは弱くそう呟くと、声を出すのを止めた。

 急にクルスは腕に力を込め、ガイアを突き飛ばす。

「いい加減にしろ!! 俺達をこれ以上惑わすな。俺は俺の目的の為にこいつを受け入れた。それを邪魔するなら例えあんたでも殺す」

 今までのクルスとは明らかに違う口調で云う。

「貴方は…………ウツロね。まだ貴方がいたとは………だから、あのこの覚醒が遅れたのね」

「悪かったな。あんたの計画通りにいかなくて」

 クルスがぶっきらぼうに答えると、ガイアは笑った。

「別にいいわ。貴方が居ようが居まいが。あたしにはあたしの目的が在って貴方には貴方の目的が在る。お互いそれを利用し合う。それがアッシュ、貴方との約束だからね。なら急いだ方が良いわよ。貴方の仲間、『雷』の彼が死ぬかも知れないわ」

「あいつはそう簡単に死ぬようなタマじゃない」

「貴方はまだ『黒き力』に気付いてないのね。だったら早くあのこに変わった方が良いわ」

「フン…………暫らくあいつは出て来れねぇよ。あんたが惑わしたからな」

「まあいいわ。あたしはいつものように遠くから見させてもらうから」

 ガイアはそう云うと闇と共に姿を消した。

 

 

「さて、どないする?」

 刀魔はエルスリードを押え付けたまま聞いた。

「記憶は戻ったんやろ。ちょっと強引やったけど、同調連鎖させてもろたわ」

 応えないエルスリードに刀魔は淡々と説明する。

「そんなもの…………」

 エルスリードは自分にしか聞こえないように呟く。

「なんやて?」

「そんな物ずっと前から戻ってんだよ!!」

 エルスリードはそう叫ぶと、再び力を使った。

「影なんぞ、ワイの雷で!!」

 刀魔はその言葉と共に雷を走らせるが今度は消えることなく、刀魔は吹き飛ばされる。

「なんやねん。なんでワイの『雷の光』で影が消えへんのや?」

「これは影じゃない。『黒き光』だ」

 エルスリードはそう云って再び黒き光を刀魔に向けて放つ。

「そう云うことか。だったら俺も本気で行かせてもらう」

 刀魔は今までと違う、恐ろしいまでの冷たい言葉で云うと、『黒き光』が当る前にその場から姿を消した。

「何!? 何処へ…………」

 エルスリードがそう云った瞬間、後頭部に鈍痛が走り意識が途切れる。

「居るんだろ!! 出て来い!! 俺が殺してやる!!」

 刀魔はエルスリードを殴るのと同時にそう叫ぶ。

「な、何なのよ。誰が居るって云うの、刀魔」

 余りの速さに何が起こっているのかわからないシャリアが口を開き、刀魔に説明を求める。

「下がってろ、邪魔をするなら殺すぞ」

 シャリアは今まで自分に向けられたことのない刀魔の殺意に怯え、それ以上何も云うことが出来なくなった。

「流石、『村雨神塵流』の継承者。凄まじい殺気ですね」

 その言葉と共に闇からその人物が現われた。

「我々の若君は返して貰いますよ」

 どことなく刀魔と似た雰囲気を持つ彼はエルスリードを抱え、その場から去ろうとする。

「逃すか!!」

 刀魔はそう云って彼に襲いかかる。しかし彼は余裕で刀魔をかわした。

「やれやれ………じゃあ少し相手をしてあげます。そうしないとエルスリードごと後ろから貴方の『雷』に撃たれそうだ」

「随分余裕じゃないか!! 俺はお前を殺すことだけを考えてあの時から生きてきたんだ!! 俺の家族を殺し、仲間を殺し、今度は何を壊す気だ、聖刃!!」

 刀魔は雷を全身に纏い、聖刃に殴りかかる。殺気の光を燈していたその瞳は紫へと変わった。

「いつも冷静にヒトを殺す貴方らしくないですね」

 聖刃はそう云うと闇から二対の刀を出し、鞘に収めたままの状態で刀魔の攻撃を止めた。

「貴方を止めるにはどうやら殺すしかないようですね」

 聖刃はそう云って刀を抜く。

 今度は聖刃が攻勢に移る。刀魔はまるで別の生き物のように動く二本の刀を避けるので精一杯になっていた。

「マスター!! 刀魔さんが危ないですよ」

 呆然と見つめることしか出来なかったフィリアがそう云うとシャリアは顔を左右に振る。

「無理よ。あたし達に何が出来るって云うの。あんな人外の戦いに!! それより逃げなきゃ。そうよ逃げないとあんたまで危ない目にあうわよ」

 シャリアは取り乱しながらそう云う。

「嫌です!! いくらマスターの言葉でもそれは聞けません」

 フィリアはそう云いながら視界に入ったある物に向かって走り出す。

「止めなさい、フィリア!! あんたまた死にたいの!!」

 フィリアはシャリアの必死の静止も聞かない。

「ん? あのファミリア。…………………そう云うことですか」

 聖刃はフィリアの動きに気付いたがとくに何をするわけではなく、刀魔への攻撃を続ける。

「刀魔さん!!」

 フィリアが刀を手に取ると刀魔に向けて投げた。

「私と兄さんの間に入ろうとする貴方は邪魔です。消えてください」

 聖刃がそう云うとフィリアの足元から闇の槍がはえ、フィリアを貫く。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 シャリアの叫びがあたりに木霊する。

 刀魔はフィリアが投げた刀を受け取り、聖刃を切りつけた。

「わざとだな。わざと『雷閻』を投げた時にフィリアを………」

「そうだよ。これで対等になれる。でも僕と兄さんの間に入ろうなんてファミリアのくせに生意気だ。だから壊してやった」

 今までと違い聖刃は子供っぽい口調で応える。それが刀魔の神経を逆なでする。

「殺してやる」

 刀魔は一度抜いた刀を収め、聖刃と距離をおき、前傾姿勢をとった。

「居合か、いいね。兄さんが得意なやつだ」

 聖刃は嬉々として云うが、その行為を妨げるつもりはないらしい。

「はっ!!」

 短い呼気と共に刀魔は刀を抜く。聖刃は後ろに下がり紙一重でかわす。

 しかし刀魔の攻撃は留まらず、居合の反動で身体を回転させながら刀を収め、振りかえると同時に抜刀する。

 連続の抜刀術も聖刃は冷静にかわすが、その隙に攻撃する事はしない。

「流石兄さん。あの頃とはスピードもキレも桁違いだ」

 聖刃がそう云うと頬が裂け、血を流し始める。

「でも、僕には勝てないよ!!」

 聖刃は刀魔目掛けて刀を振り下ろそうとする。

 しかしそれは振り下ろされることなく、何処からともなく飛んで来た一本の長騎剣に防がれる。

「やっぱり邪魔が入りましたか」

「そう云うことだ。続きは俺が相手になるぜ」

 長騎剣を投げた人物は何時の間にか刀魔と聖刃の間に立っていた。

「止めておきます。私の目的はあくまで刀魔ただ一人ですから」

 聖刃はそう云うとエルスリードを抱えて闇へと消える。

「クルス………か?」

 余りにかけ離れた雰囲気を持つクルスに刀魔は確認せずにはいられなかった。

「そうだよ。それにしても情けないな、刀魔」

「何がだ」

「お前、手、抜いたろ」

「!? 何でそう思った?」

 一瞬驚きの表情を作るがすぐに表情を消す。

「シエルは武器を持った相手でも退く事はなかった」

「……………」

 刀魔は何も云わず顔を伏せる。

「ま、それよりもここから早く退散した方が良いな」

 クルスはそう云うとシャリアの方を見た。

「あれは刀魔、お前が何とかしろ。じゃないとあの『闇』の男には勝てない」

「どういう事だ!!」

 クルスは肩を竦めるだけで何も云わない。

「さて、いつまでもそのままでいるつもりか? シャリア・レイバート。また同じ事を繰り返すのか? 今ならまだ間に合うぞ。お前が選べ」

 クルスは冷めた様にシャリアに云い放つ。

「あんたに何がわかるのよ!! あたしはこれで一人になったのよ。何でよ、何でこんな事に………あんたが来てからよ。あたしもフィリアもおかしくなった。あんたのせいよ」

「俺は過去に縛られる人間を助けるつもりはない。お前が選べば俺はフィリアを新たな命に変える事が出来る。だがお前がこうしていればいつまでもこのままだ。さあ、選べ」

 クルスがそう云うとシャリアは黙り、そして小声で呟いた。

「助けてよ。あたしはあんたの事を許せないけど、フィリアを助けられるなら助けて、お願い」

 クルスはその言葉に頷くとフィリアに手を差し伸べ、フィリアの総てを光にかえる。

「土は土に、風は風に、水は水に、火は火に、そして、人は人に戻れ」

 光はやがて消え、フィリアの残骸も消えた。

「これでフィリアは何処かに転生する。今の記憶はきっとないけど、彼女は生きている」

 クルスがそう云うとシャリアは疲れたような表情を見せ、そして気を失った。

「帰るよ。刀魔」

 クルスはそう云うと『力』を使い、床に刺さった長騎剣を中心に空間を転移させる。

 

Scene2