「だから云ったじゃない。あんた『力』は強くても体力ないんだから」

 息をきらせているソフィにシルフィは文句を云うと、ソフィは本当にすまなそうな顔をする。

「これからどうするつもり?」

「もう少しです………だからもうちょっとだけ頑張ります」

「ま、いいけどね」

 シルフィはそう云うと隠れていた部屋を飛び出し、通路を走り出す。

「全く無駄に広い作りよね。おかげで迷子になっちゃったわ」

 シルフィは愚痴をこぼしながら走るが、ソフィはそれについて良くのがやっとでぜぃぜぃと息を切らせていた。

「…………どうやら前から二人来るわよ、いける?」

 シルフィがそう云うとソフィは立ち止まり、呼吸を整え頷く。

 ソフィは静かに水を集め出す。

「来たわ!!」

 シルフィの声と共に水を自分の闘争本能と連結させる。

 すると水はソフィの意識を離れ、敵を襲う。

「きゃああああ」

 可愛らしい叫びと共に水が蒸発する。

「危ないよ、何考えてるの? シルフィさん、ソフィお姉ちゃん」

「クレオ!? 何でここに?」

「何でってここに連れてきたくせにそう云う事云うの?」

「クレオ、多分そう云う事を聞きたいんじゃないと思う」

 ハーティが少し呆れながら云う。

「え? い、いやだなぁ。ボクだってそれくらい分かってるよ。………そう、知ってて云ったんだって」

 アハハハハと笑って誤魔化したが、クレオが本気でそう云った事は誰の目からも明らかだ。

「だいたいボク達はちゃんとした道を来たんだからここにいてもおかしくないでしょ」

「そうなの?」

「『そうなの』って知らなかったの!? まさか今からこっちに行こうとしてたわけじゃ…………」

 シルフィはクレオの言葉を笑って誤魔化すが、クレオは呆れてしまう。

「話しに花を咲かせるのはいいが、そろそろいかないか? 追手をまいたとは云えまだ基地の中だ」

 ハ−ティが冷静に云うとシルフィもクレオも大人しくしたがった。

「も、もう………行くんですか?」

 ソフィはさして休憩出来ず、さっき無理矢理呼吸を整えたせいもあり未だ呼吸が整っていない。

「まあ、出口はすぐそこだ。歩くから頑張ってくれ」

 そう言われるとソフィも渋々ながら歩き出す。

 ハーティの云った通り、歩いてもさほど時間がかからずに出口まで来れた。

「さてと、これからどうする? 私はクアイズに行くが」

「ボクは一度エルサレムに戻ろうとおもいます」

「私(わたくし)も」

 ソフィがそう云うと一堂意外そうな顔をする。

「意外ね。あんたがそう云うなんて………まあいいけど。私はクアイズにいくわ」

 シルフィは迷わずそう云った。

「じゃあ私が送ろう。…………『天』を司る者。『空』へ帰る者よ。今私の声を聞き、その力を貸せ。現れろ、ルーファス」

 ハーティがそう云うと、ピアスの蒼い宝石が輝き、ハーティの前にガーディアンが現れる。

「『火』を司る者。深遠なる怒りを逆巻く者よ。その力ボクに貸して。来て、リルファーナ」

 クレオのリボンに付けられた紅い宝石が光り、クレオの前に真紅のガーディアンが現れた。

 ハーティとシルフィ、クレオとソフィはそれぞれガーディアンに乗りこみ、お互い目を合わせ、軽く微笑み合う。それ以外の言葉はなかった。だが彼女達は再び会える事を確信している。

 

 

「こ、ここは?」

 刀魔は急に変わった辺りの景色に戸惑っていた。

「アレクスが貸してくれた部屋だよ」

 クルスはそう云って傍らで気を失っているシャリアを備え付けのベットに寝かせる。

 刀魔はその様子を見ながら話をいつ切り出すか迷っていた。

「…………聞きたいことがあるって顔だな」

「ああ、解らない事だらけだ。少し前までは何でも知っているつもりだったがな」

 刀魔はクルスに本音を洩らす。

「まず何から話すべきかな。………取り敢えず俺の事か?」

 クルスは刀魔に確認の意味を込めて聞くと刀魔は何の反応も示さなかった。

「今の俺はクルセード・エルサレム。エルサレムの跡取息子だ。そして、ウツロとアシュフォード・カーラル・アズウェルトの記憶を持つもの。…………今までの俺はクルセード・エルサレムであり、『力の管理者』フォースの魂を持つもの」

 クルスは淡々と語りながら部屋の中央に刺さっていた長騎剣を引き抜く。刀魔はそれを黙って聞いた。

「アッシュとしての俺が最後に目指した場所はお前も知ってるな?」

「北の果て。神が住む島」

 クルスは刀魔の方を見ずに長騎剣を一撫でし、一本の棒へと姿を変え、懐にしまう。刀魔はそんなクルスの様子を見ながら言葉少なに応える。

「あの戦争の後、俺はその場所へ向かった。そこに着くまで何年もかかった。そして俺はそこで神に会ったよ。いや長い年月の中で人が神と呼んだ存在と云った方が正しいな。

 それが前に助けられた『ガイア』だ。『ガイア』は俺達の先祖が創り出した『ガーディアンユニット』としてこの星が壊れないように歴史を守って来た。だが、彼女のほかに『ガーディアンユニット』はニ体いた。一体は空を守護する『ウラノス』、もう一体は海を守護する『アルテミス』。

 俺達の先祖はその三体によりこの星を守ろうとした。しかし予期せぬ事態が起きた。人は星を汚すことに慣れきっていたんだ。だから『ガイア』がすぐに起動した。それに対抗する為に人は『ウラノス』『アルテミス』に新たなプログラムを加えて『ガイア』に対抗しようとした。だがニ体はプログラムに操られ、本来の性能を使いきる事が出来ず『ガイア』に破壊された。

 星の浄化が終わり我に帰った『ガイア』は自分の仲間を失い失意に暮れた。そして人から遠ざかり、やがて自分の孤独を晴らす為に『管理者』を創り出した。『力の管理者』フォース、『知の管理者』ノリス、『時の管理者』クロム、『災いの管理者』ディザス。この四体の内フォースはあんたも知ってるだろ?」

 クルスに云われ刀魔は黙って頷く。

「フォースは俺の親友だった。俺もこの事を知ったのはあんた………ライガ隊長達が死んだ後のことだ。俺はチサトを止めるために『力の管理者』に会い、この『天空』の力を得た。そして俺より先にミズキは『知の管理者』ノリスと会い、『水』の力を得て俺とチサトが争うのを防ごうとしてくれた。そしてチサトは『ガイア』と会い『大地』の力を得た。」

「ちょっと待て。じゃあ総ての元凶は『ガイア』なのか?」

 今まで黙って聞いていた刀魔が急に割って入る。

「そうじゃない………と思う」

「随分と曖昧な応えだな」

「あいつの思惑とはまた別の所で起きた事だからな」

「思惑?」

「あいつはただ純粋にチサトの想いを成就させたいと思って力を与えただけだ。だからと云ってその『力』に呑まれたチサトが悪いとも云い難い」

 クルスは少し複雑な表情をした。何故ならクルスには二人の気持ちが解ってしまうからだ。

「ガイアはチサトの孤独を自分と重ねちまったんだ。だから、この悲劇が起こった」

「ちょっと待て、じゃあ俺達が『コクーン』って呼んでる物はなんだ? まさか『魔法』とでも云うつもりじゃないだろうな。『魔法』を使うにはこの世界に『マナ』は少なすぎる」

「…………『コクーン』はフォースが人へと堕ちる為の『理由』」

 刀魔は訳が解らないと云う顔をするが口をはさむ事はしない。

「フォースは総ての収拾をつけるために人になろうとした。その為には『罪』を犯さなきゃいけなかった。それが『コクーン』。己の責任を放棄し、『力』を世界に流出させた。まあ、ただ流出させる訳じゃなく、相応しい人間に渡したのはまだマシってとこかな」

 クルスはそう云って自嘲的な笑みを浮かべる。

「何故人に堕ちる必要があったんだ? 別に人にならずとも力を回収する事は出来るはずだ」

「確かにそうだな。詳しくは俺も知らん。ただフォースはどうしても人に堕ちる必要があったらしい」

 刀魔の最もな疑問にクルスは曖昧な答えしか云わない。

「まあ良い。人を超えた奴の考えなど俺が理解できる訳はないからな。それよりもシャリアのことだ。あいつは如何したんだ? それにさっきの『力』、あれはお前が本来持っている物じゃないだろ」

「シャリアについては俺も推論でしかないが、かなり確信をついていると思っている。ただこの事を話すのは本人の了承がいるな。だから後で聞いてくれ。そしてさっきの『力』についてだが、これはフォースの持っていた『力』だ。総てのものを空へと返す『力』。俺も使ったのはあれが始めてだ」

「総てのものを空へと返す?」

 刀魔はクルスの言葉を繰り返し口に出して呟くが、何の事だか理解出来ないでいた。

「俺もこの力が何処まで使えるものかはわからないが、かなり強い力である事は確かだ」

 クルスは自分の手の平を見つめながら呟く。暫らくそうしていたかと思えば急に目を見開いた。

「俺は少し外の風にあたって来る。お前はシャリアが目が覚めるのを待っていろ」

 クルスはそう云って外へ出る。

「一体何がどうなってるんだ? 訳が解らないことだらけだ」

 刀魔は頭を抱えた。

 

 

 クルスは歩きながら咳き込む。口に当てた手は咳と共に出した血で真っ赤に染まっている。

「やばいな。やっぱり俺にはあの力は使いこなせないみたいだ」

 クルスは手についた血を見つめながらそう呟き何処か人気のない場所を求めて再び歩き出した。

「ガイアの言っていた『黒き力』ってのも気になるし、早いとこあいつに復帰してもらわないとな」

 そう云って弱々しい笑みを浮かべ、クルスは人気のない広い空間へと出る。

 そこには所狭しとガーディスが並べられ、どうやら格納庫のようだ。

 クルスはさらに奥へと進み、完全に人気のないスペースを見つけ出すと、壁にもたれるように座りこむ。

「こんな時シルフィがいてくれたら助かるんだろうな………………ま、そんなことより『眠りの君』を起こさないとな」

 クルスはそう云ってゆっくりと瞼を閉じる。

 クルス――ウツロの心は徐々に意識の深淵へと落ちて行く。

 深い闇に覆われた世界の中で唯一の光を見つけ出すとウツロはその光の元へと降り立つ。

「よう、久し振りだな。もう何年ぶりになるんだろうな。俺とお前はいつも同じ場所にいたのにな」

 まるで卵のようなその物体に向かってウツロは話しかける。

「これがお前の心か。綺麗だな。純粋過ぎる。だからお前はここに閉じこもっちまうんだろうな」

 ウツロは返事のないその物体に向かって話しつづけた。それはその物体が聞きたい事ではなく、ウツロが聞かせたかったもの。

「お前はそこにいてどうする? 何のためにここにいるんだ?」

(……………わからない)

 ようやくウツロ以外の声がこの世界に響いた。

「何が分からないんだ?」

(ガイア様の考えが分からない。この世界が何を望んでいるかが分からない。そして何より僕が分からない。僕はいったい何なんだ? フォース? ウラノス? 僕はいったい………)

「バーカ。そんなくだらねぇことで悩んでたのか?」

(くだらなくなどない!!)

 ウツロの言葉に今まで穏やかに響いていた声が始めて生の感情を吐き出す。

「くだらねぇよ。自分が何者かわからない? そんなの当然だ!! 自分が何か分かっている奴なんてこの世界にいるわけない。いるとしたら分かった気になっている奴だけだ」

(………何故そんな不確かなままで『ヒト』は生きていける?)

「不確かだからこそ生きていけるんだよ、人って奴は。不確かって事は何も無いって事じゃない、何も決まって無いってことさ。何も決まってなきゃ人は何にでもなれる。そう云う生き物だよ」

 ウツロはまるで自分に言い聞かせるように云う。

(…………私は『ヒト』ではない。私は『管理者』、人を管理する者)

「今のお前は『管理者』じゃない。クルセード・エルサレムと云う名の人間だ」

(違う!! それは仮そめの器。本来存在してはならない人間だ)

「お前が否定してどうする? お前はここにいる。それだけじゃ不満なのか?」

(不満とかそう云うレベルの問題ではない。これは事実なんだ!!)

「お前がここにいるのも事実だろ? 何でそれを認めない? 何故否定して闇に身を沈める?」

(……………)

「お前がお前である事は何にも代え難い事実なんだ。いいじゃねぇか。お前がフォースだろうが、ウラノスだろうが」

(……………僕は僕である証が欲しい。それがなければ進めない!!)

「証なら幾らでもあるじゃねぇか。俺が認めてやる。ソフィが認めてくれる。クレオが認めてくれる。エクスが認めてくれる。セフィリアが認めてくれる。刀魔が認めてくれる。シャリアが認めてくれる。皆がお前の事を認めてくれる。それじゃ、不満か?」

(…………ヒトの心は移ろいやすい)

「移ろわざる想いもある事をお前は知っている」

 ウツロはそう云って光に手を差し伸べす。

「俺の名はウツロ。まだ『移ろうか』、『移ろわざるか』定められていない魂。だからこそ俺は『移ろう想い』と『移ろわざる想い』を持つ事が出来る」

 ウツロの言葉を聞いても光は何の変化も起こさない。

「俺はお前の魂に『移ろう』、そして俺達は『移ろわざる』魂となる」

 その言葉に光は光度を増し、ウツロすらも包んでいく。

「俺達は二人でクルセード・エルサレムなんだ」

 光に包まれながらウツロは呟いた。

 

 

「何で俺を助けた? お前にとって俺は邪魔な存在なんだろ」

 エルスリードは向かいに座る聖刃を睨みつける。

「何の事ですか? 私と貴方は仲間なのですよ。助けて当然でしょう」

 聖刃は白々しく云うとエルスリードは不機嫌そうにそっぽを向く。

「やれやれ。嫌われたものですね。しかし、余り勝手な事をされては困ります」

「別に今回の事は『勝手な事』じゃないだろ」

 エルスリードは聖刃を見ずにぶっきらぼうに云う。

「シャリア・レイバートを確保しろとは云いましたが、刀魔・村雨と戦えとは云ってません」

「障害は排除しなければならない。お前の口癖だぜ」

「相手が悪過ぎました。彼は人の敵うレベルではありません」

「お前は人じゃねぇのか?」

 さして興味も見せずにエルスリードが聞く。

「ええ、私は5年ほど前に人を辞めました。人でいてはあの人と共に生きる事は出来そうになかったので………」

「あの人?」

「貴方には関係のない話です。それよりも貴方の身勝手な行動は少し困りましたね。これ以上こちらの命令に従わないというのなら相応の処罰も覚悟してもらわなければなりません。たとえラムサールの御曹司でもね」

「俺はラムサールの御曹司じゃねぇ。それはお前もよく知っている事だろ」

 エルスリードは不貞腐れたように云う。

「それにな。言い訳する訳じゃねぇが、クルスへの憎しみが止まらない。あいつの前にいると俺が俺でなくなるような気がする」

 エルスリードは悔しそうな顔をして呟く。

(それこそ我々の望むところです。しかし見事に私の術中にはまりましたね)

 聖刃は表情に出さずに心の中でほくそ笑む。

「一つ聞いて云いか?」

 エルスリードが姿勢を正して聖刃を真っ直ぐに見つめながら云った。

「あなたが何かを聞きたがるとは珍しいですね」

 今まで見せなかったエルスリードの態度に聖刃は嫌な予感を覚える。

「俺達は何をしようとしているんだ?」

「…………良いことですよ。この世界にとってね」

 エルスリードの突然の問いに戸惑いながらも、聖刃はけしてふざけずに応えた。

「世界にとっての良い事は、俺達にとっても良い事とは限らない」

 エルスリードは聖刃の応えに対してふと思ったことを呟く。聖刃はその呟きが聞こえていながらも聞こえていない振りをした。

(クルセードと接触したことで自我が取り戻されてきてるのか? それとも………………どっちにしても予断の許さない状況になったようですね)

 

 

「風が………泣いている」

 エクスはエルサレム本社の屋上で髪を風に靡かせながら一人呟く。その髪の根元はいつもの黒ではなく、アッシュブロンドの輝きを持っていた。

「いつからだろう。風の嘆きを気にしなくなったのは…………」

 エクスは自分のして来たことを振りかえり、もし、やり直せたら自分は何処を変えるべきだったかを考えていた。

「…………もし、か。俺は別に後悔などしていない。あるのはただ『罪』だけ」

「エクス、こんな所にいたのか。探したぞ」

 物思いにふけるエクスの背後からセフィリアが声をかける。

「何か………あったのか?」

「『何かあったのか』じゃない。ザクス様が亡くなられてエルサレムは大混乱だ。そんな時にこんなとこでぼうっとしてるなんてお前らしくもない」

「『俺らしく』……か。クルスを弟のように可愛がる俺。お前と愛を語らう俺。E・Sとして敵を倒す俺。聖刃の駒として動く俺。どの俺が一番『俺らしい』んだろうな」

 エクスは自嘲めいた笑みを浮かべる。

「………お前が何を悩んでいるかは知らんが、その全てを含めて『お前』なんじゃないか?」

「セフィル…………すまない。どうやら随分と弱気になっていたようだ」

「こんな時期だ。お前が弱気になっても何ら不思議はないさ」

 セフィリアは他の人間には見せない優しい笑みを浮かべた。エクスはその笑みに心が癒されていくのを感じる。

(この笑顔と我が母、セリア・フォルクスの願いの為だけに俺はこれから生きて行こう)

 心の中で揺るぎない誓いを立てたエクスの頬を昔感じた優しい風が撫でた。

 その様子を見ながらセフィリアは優しく自分のお腹を撫でる。

(お前の父は忙しくて、まだ余裕がないな。もう少し落ちついたらお前の事も話すから少し待っててくれ)

 

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